おばあちゃんの金庫

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昨年亡くなったおばあちゃんの金庫が、ついに開けられることになった。

本当はもっと早く開ける予定だったのだが、ちょっとした問題があって、こんな時期になったのである。

問題とは、おばあちゃんの金庫の性能だった。

その金庫は、まだ私が生まれたばかりの頃に発売された金庫らしく、すぐに生産中止となった珍しい金庫だ。

なぜ生産中止になったかというと、その金庫の持つ”ある機能”が原因だった。

その名も「シャウト機能」である。

その金庫を持ち主以外の人間が開けようとすると、金庫から爆音が鳴り響く。

つまり、泥棒などが金庫を開けようとすると、開けた瞬間に大きな音が鳴って、すぐに近所にバレてしまうというわけ。

便利な機能……と言えなくもないが、テストで金庫の騒音を鳴らしてみた結果、あまりのうるささに辟易して返品する人が相次いだらしい。

その奇抜な金庫を、おばあちゃんは持っていた。

正確にはおじいちゃんからの贈り物らしい。

おばあちゃんと同じくもう天国に行ってしまったおじいちゃんはそういう変わり者だった。

さて、この厄介な金庫を開けるにはいくつか下準備が必要であった。

まず金庫の鍵を開けられる鍵開けのプロを探すこと。

これはすぐに見つけることができた。

そのプロはこのシャウト機能を持った金庫を前にも開けたことがあるというから完璧だ。

次に近所への説明回り。

金庫から響く音は近所に聞こえるくらいの爆音らしい。

その為の機能なのだから当たり前と言えば当たり前か。

デフォルトでは警告音のようなアラームが鳴り響くらしい。

任意で音が変えられるそうだから、金庫を開けた瞬間どんな音がするのか、分からない。

私と両親は鍵を開ける日時を決め「これこれこういう理由で、この時間にちょっと大きな音が鳴ると思う」と近所に説明して回った。

みんな昔からこのあたりに住んでいる人だから「気にしなくていいよ」「何が入っているんだろうね」なんて言ってくれた。

さて、そんな下準備を終えて、いよいよ金庫を開けることになった。

「鍵が開きました」

鍵開けのプロが言う。さすがの腕前だ。

私たちは事前に用意しておいた耳栓を装着する。

鍵開けのプロが言うには”鼓膜が破れそうな騒音”が鳴るらしい。どんな金庫だ。

「では……行きますよ」

そう言った鍵開けのプロの声も心なしか緊張している気がする。

「お願いします」

母が言うと、鍵開けのプロが金庫の扉に手をかけた。

そして、次の瞬間……。

「おじいさーーーん!!!」

というおばあちゃんの大きな声が耳栓を通しても聞こえるくらいの爆音で響いた。

私たちは呆気にとられ、互いに顔を見合わせた。

母が言った。

「……おかあさん、何か困ったことがあるといつもおとうさんのこと呼んでたからね」

いや、だからって何も、金庫の音でまでおじいちゃんを呼ばなくても……。

私たちは鍵開けのプロも含めてみんなでおばあちゃんの可愛らしさに笑った。

金庫の中には結局お金とかは入っていなくて、入っていたのはまだ結婚する前におばあちゃんがおじいちゃんとやりとりをしていた手紙だった。

金庫から手紙を取り出した私は、おばあちゃんたちの写真が飾ってある仏壇に手紙を置いた。

「これでいつでも読めるでしょ」

と遺影のおばあちゃんに笑いかける。

近所の人に金庫が開いたことを報告すると、みんな「久しぶりに声を聞いた」と笑ってくれて、中には「いつもあぁやっておじいちゃんを呼んでいたねぇ」なんて涙ぐんでくれる人もいた。

おばあちゃんの金庫は、開けたら廃品業者に引き渡すつもりだったけれど、まだなんとなくおばあちゃんたちの部屋に置いてある。

おばあちゃんの声が聞きたくなったらまた開ければいいよ、と話をしているのだが、その為には事前にご近所への説明が必要だなぁ、と私は思った。

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