医者が「お医者様」と呼ばれる理由。

先日の「坐薬を入れた話」のスピンオフなんですが、医者というのは色々すごいなと思いました。

その日、日曜日だったのですが私は原因不明の頭痛に苛まれ、15時頃から横になり、ついに夕食の準備をしている時に頭の痛みと吐き気から戻してしまいました。
時刻は20時過ぎ。病院は閉まっているだろうと思ったので最寄りのドラッグストアへ頭痛薬を買いに行きました。

買ってきた薬を飲もうとするとそれはなにかを胃に入れないと飲めない薬だったので春雨ヌードルを食べてから飲むことにしました。
しかし春雨ヌードルを食べ終わった途端また吐き気と頭痛に見舞われ、ベッドに倒れ込みました。
明日からは仕事です。
これはいよいよまずい、と夜間診療を行っている病院を調べ、満身創痍の状態で病院へと向かいました。

そして診療が始まるとまず医者に
「なに、どしたの今日は」
と聞かれました。
不思議に思われるかもしれませんが、私はその時とてもほっとしたのです。
それまで自分の中で肥大化していた病気への恐怖が一気に小さくなっていくのを感じました。
別にこの医者は名医でもなんでもないかもしれなく、ただの小さな町のクリニックの、おじさん型ドクターなのかもしれないのに、「病気を医者に知ってもらえた」という安心感がありました。

それまでは
「病気じゃないかもしれない。なのに病院行くなんて恥ずかしいな面倒くさいな」
「ストレスからくる単なる頭痛だろう。寝れば治るだろう」
そんな言葉が頭の中をグルグルと周り、代わり番こに頭痛と吐き気を強くしました。

依然として頭は痛いのですが
「どういう風に痛いの?」
「お腹は痛くないの?」
「熱計るか」
「血圧測るか」
「花粉症はないの?」
そんな風に自分の病気がプロファイリングされていく。
それは、とても安心感を与えるプロセスでした。

そんな中、医者に腹や胸を押さえられたりしたのですが、その時の手がとても温かかったのを覚えています。
血圧を計ってくれた看護師さんの指先がとてもなめらかで落ち着いたのを覚えています。
彼ら、彼女らの手には病気を癒す力があるように思います。
温かくなめらかに病人の病気を癒す。安心感を与える力があるようにその時思いました。

そして最後に医者は
「大変だね、こんな時間に頭痛くなっちゃって」
と言って私を送り出しました。

私はその時、あぁ、そうか、大変だったんだと気がつきました。

それまでは
「ストレスで頭痛いとか、情けない」
「そんな体調不良なんかで泣き言言ってられるか」
「なんともない。大変じゃない。くだらない事だこれは」
そうやって無理矢理頭痛を押さえ込もうとして、余計刺激していたようです。

真っ暗になった目の前に現れた夜22時の夜間診療所と調剤薬局の白い光は、とても優しく尊いもののように思われ、医者がお医者様と呼ばれる理由がなんとなくわかりました。
私にとっては「お医者様」「看護師様」「調剤師様」ですが。

病院というのは病気に対する最終兵器のように思われ、エリクサーのようにとっておくだけで肝心なときにも頼らない人が多いように思われますが、辛いときは病院に行った方が良いと思います。
薬なんかは市販よりも安く手に入りますしね。診療代はかかりますけど。お金よりも健康を大事にしましょう。

そんな普通のお話でした。

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