ss【ドアからの解放】

 ドアが開いた。疲れた顔をした男が部屋に入ってくる。それと入れ替わりに、部屋の中央にある丸テーブルの椅子に腰掛けて貧乏ゆすりをしていた男が部屋を飛び出して行った。

 私はその様子を、自分が閉じ込められている部屋の覗き穴から見た。

 男たちのいる部屋の中央には丸テーブルといくつかの椅子が置かれており、それを取り囲むように部屋も円状に広がっていた。部屋の壁には等間隔でドアが設置されており、男たちの出入りしている大きなドア一つを除いて全てのドアに鍵がかけられている。そしてその一つに私は閉じ込められているのだ。

 私のいる部屋はさながら独居房のようで、広さは人が一人やっと横たわれるくらいしかなく、冷たい床と壁で部屋は冷えきっていた。
 独居房のドアは非常に頑強で、何度体当たりを繰り返してもびくともしなかった。しかし、なんとか脱出しなければ。

 再び覗き穴を覗く。

 先ほど疲れた顔をして帰ってきた男が丸テーブルに頬杖をつきながらなにやらブツブツと言っている。耳を澄ますと、「バレ始めている」「失敗した」そんな言葉が聞こえてきた。
 私は部屋のドアを叩いた。すると男はびくりと体を震わせ、こちらを見た。
 私が男に向かって
「おい、私を出せ」
と言うと男は慌ててこちらから視線を反らした。
「私ならおまえたちを救ってやれる。もう限界なんだろう」
私の問いかけに男は答えない。

 すると、突然部屋全体が薄暗くなった。私のいる独居房にも闇が訪れる。

 大きいドアが開く音がして、先ほど飛び出して行った男が戻ってきた。独り言を言っていた方の男が声をかける。
「おい、どうだった」
「どうだったもなにもない。てめぇ、適当な事ばかり言いやがって。バレてるぞ、完全に」
私はドアを叩き、二人に聞こえるように言った。
「おい、私を出せ」
怒鳴り散らしていた方の男がふんと鼻をならした。

 私は独居房の床に寝転がった。床の冷気が精神を刺激する。ここの所ろくに休んでいない。

 だがそれは、他の部屋に閉じ込められている仲間たちも同じだろう。

 私は仲間たちの事を思った。
 あいつはこんな時でも陽気に振る舞っているだろうか。
 あいつは心細くて泣いているかもしれないな。
 一癖も二癖もある奴らだが、皆大切な仲間だ。彼らは私の分身。私が助け出してやらなければならない。
 

 仲間。それは、部屋の中央にいる彼らも同じだった。

 明け方頃ようやく浅い眠りにつきかけた時、ふいに私の独居房のドアが開いた。見ると仲間が一人、心細そうに立っている。

 私は仲間に声をかけた。
「どうやって出た?」
「あいつらがさっき開けに来たよ」
仲間が指差した方を見ると、私を閉じ込めた二人が丸テーブルを囲む椅子に腰かけ、すっかり生気を無くしたように項垂れていた。二人の間になにがあったのかは分からない。だが、こうなる事は時間の問題だった。

 仲間が不安げな視線を私に向ける。
「なぁ、あんたなら、なんとかしてくれるかい。この最悪な状況を、なんとかしてくれるか」
「あぁ。大丈夫。また仲間たち皆でやり直そう」
私はそういうと彼の肩に手をおいてから独居房を出た。
 大きいドアに向かう途中、テーブルの側を通り過ぎる。
「後は私に任せろ」
私の声に、一人が顔を上げた。
「無理だよ。俺のせいで、もうどうしようもない事になっているんだ」
「大丈夫。心配するな」
怒鳴ってばかりいた方の男はなにも言わず、俯いている。
 私は二人に向かって大きく頷いてから大きいドアに手をかける。
 長い間自分の手で開ける事のなかったドアが今、開いた。

***

 ゆっくりと目を開ける。目の前に年老いた刑事が座っていた。この刑事を見た瞬間、私はあの二人に独居房に閉じ込められたのだ。刑事が残り少なくなった煙草をねじり消しながら、大きなため息をついた。
「起きたか」
「はい」
刑事の手が止まり、私の顔を見つめる。さすがに老熟な刑事だ。声のイントネーションだけで私の存在に気づいたか。
「……話す気になったのか」
「はい」
私は今、狭い部屋に閉じ込められていた。しかし先ほどまで居た独居房よりも遥かにましだ。

 全て、ここからやり直す。

 刑事が新しい煙草に火をつけた。
「まったく、訳の分からない奴だな。さっきまでは嘘ばかりついて、そうかと思ったら急に怒鳴り散らしたりしていたくせによ。人が変わったみたいだ」
「変わったのです」
刑事は訝しげな視線をこちらに向け、白い煙を吐き出しながら立ち上がった。

 

 刑事の座っていた椅子の向こうに、窓が見える。そこに私の顔が反射していた。丸テーブルの二人と独居房の鍵を開けてくれた仲間。彼らと寸分違わぬ私の顔が、そこにあった。
 背後に回った刑事が黙って私の肩に手をかける。私は一度大きく息を吸い込んでから言った。
「全てお話しします」
胸の奥、あの部屋のドアの鍵が次々にはずれる音がした。そして、ゆっくりと開いたドアから、様々な感情が戻って来た。

スポンサーリンク

コメントしてくださるんですか? ヒョエエー!

メールアドレスが公開されることはありません。