「やめる」事で時間が生まれるそうです。

最近ビジネス書を読んでいると、しきりに「やめる」というキーワードが目につく。
色々な事を意識的に「やめる」事が大切だという。
効率的に物事を運んで時間を作るのではなく、そもそもやらないでいい事を「やめる」事で時間を作り出す、という考え方だ。

確かに、やめる重要性は感じる。
テレビなり、ネットなり、ゲームなり、我々の生きている今は、娯楽にまみれている。
それら全部をこなそうと思ったら、とてもじゃないが時間が足りない。

という事でとりあえず
・それほど観たくないドラマ、アニメは録画をやめる
・2ちゃんねるをみない
という事を始めてみようと思っている。

・それほど観たくないドラマ、アニメは録画をやめる
私は映画やドラマやアニメを手当たり次第にHDDレコーダーに録って、勉強と称して鑑賞していた。
ただ、それほど観たくないものを観たり読みたくないものを読んだりする程、自分には時間がないようなのだ。
時間がないというのは、余命があとこれこれとかそういう話ではなくて、現代の世の中にはものすごい数の作品で溢れていて、その中から良いと思うものを取り込むには一つ一つじっくり観たり読んだりしている暇はない、という意味だ。
HDD レコーダーというのはついつい余計な番組も録ってしまいがちだが、それらをなんとなくぼんやり「面白くないなぁ」と思いながら観ている時間はない。そう いった事も勉強になるかと思っていたがどうもそうではないらしい。限られた自由時間の中では、本当に良いと思うものを観たり読んだりするだけでも追っ付か ないくらいだ。

・2ちゃんねるをみない
私は2ちゃんねらーを自称する程(自称する人間もいないだろうが)2ちゃんねるを見ているわけではないが、まとめサイト等はよく見ていた。
しかし私の感じる上で2ちゃんねるというのはやはりネガティブな要素が強い。話題、書き込みその両方において、である。
そして情報量が多く、それに対する「他人の意見」も載っているため、それを読んで頭でっかちになる。
時には感じる必要のない不安を煽られ、それを吟味せず、自分の頭で考えもせず、真実だと信じる。それらは真実なのかもしれないが、真実を知らない方が、チャレンジできたと感じる事もある。

もちろん、面白いショートストーリーがあったり、泣かせる話が載っていたりするプラスの側面もあるが、それはネガティブな要素に比べればかなりミニマムなものである、というのが私の感じる所だ。
先述の通り、2ちゃんねるには面白そうな餌とそれに対する他人の意見が載っているので、眺める分には至極楽であり、快楽である。薬物的中毒性がある。

しかし、これは、あきれる程青臭い事を書くけれど、そういった事を知らない方が自分で考えたり、知らぬが仏といったように幸せなんじゃないかと、今更ながら考えた。

一日の中で2ちゃんねるを見ている時間がおおよそ2時間くらいあった気がする。それをこのような稚拙だが少なくとも文章である事を書く時間に当てられれば、もう少しましな日常を過ごせる、と今は思っている。

いつまで続くかは、謎である。

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