ss【カンガルーの夢】

 最近、なぜかカンガルーの夢を見るんだよ。それも毎日。で、その夢に出てくるカンガルーってのが変わったカンガルーでさ。
 

 腹の袋にずっと手を入れてるの。袋の中身、なんだと思う? 気になるだろ。
 

 でもそのカンガルー、俺が袋の中身を見ようと近づくと、逃げるの。すごい速さで。速いよー、カンガルーは。走るというより跳ぶわけ。
 

 それから俺、毎日毎日カンガルーと追いかけっこした。最初のうちは楽しかったんだけど、カンガルーと会って一週間くらいした頃かな。つい怒鳴っちまった。「ふざけんな! いい加減見せろよ!」ってね。
 

 そしたらカンガルーのやつしょんぼりして、立ち止まった。だから覗いてみたんだ、袋の中身。
 

 呆気にとられたよ。
 

 なにもなかった。中身。
 

 一気にバカバカしくなった。俺何やってんだろーって。
 

 でもこれって結局、人生と一緒だよな。追いかけても追いかけても、結局なにもないの。そうだろ。金持ちになるとか、温かい家庭を持つとか。みんなそれぞれなにかを追いかけてるのかもしれないけどさ、じゃあそれを成し遂げたとき、なにがあんのよ。なにもないでしょ? じゃあなんの為にカンガルー追いかけんだよ。

 

 で、よ。次の日。その日も夢を見たんだ。
 

 その夢にカンガルーは出てこなかった。
 

 代わりにいたのが、スーツ着た、中年の男。
 

 その男がじーっと俺の事を見てくる。すごい間の抜けた感じで、ずっと見てくるんだよ。
 

 なんだよ気持ち悪いなって思ってから、異変に気づいた。
 

 目線が、妙に高いのよ。
 

 おやって思って自分の手を見てみたらカンガルーになってた、俺。
 

 腹に袋もあるし。試しに走ってみたら、すごい速さで移動できるの。跳ねて。いよいよこりゃカンガルーだなと思ったね。
 

 それで、俺の腹の袋にはなにが入っていたと思う? 空だったよ、やっぱり。
 

 で、さっきの男がさ、追ってくるのよ俺のことを。奴も気になったんだろうなぁ袋の中身が。
 

 それを見た時、あぁ、昨日までのカンガルーは優しい奴だったんだな、って思った。
 

 なんでって?
 

 だってその時の男の顔、ものすごい嬉しそうなのよ。いい大人がさ、ガキみたいな嬉しそうな顔してこっちに迫ってくるの。きっと俺もそんな顔してたんだろうな。だから、カンガルーは逃げたんだ。俺をガッカリさせない為に。
 

 俺も逃げたよ。だってそうだろ? こんなどんよりとした時代にさ、いい大人が、無邪気に、ガキみたいな笑顔を浮かべる事なんてそうそうできないよ。
 

 だから逃げた。楽しかったよ。
 

 カンガルーになった動きが面白かったってのもあるけど、なにより心の底から楽しそうにしている人間を見るのが楽しかった。最高だったね。
 

 でも、一週間くらいした時ドジをしちまってな、俺。転んで足を捻ったんだ。そしたら男が心配してくれて、それでその時うっかり袋の中身を見られちまったんだよ。なにもない中身。そしたらその男、どうしたと思う?

「ガハハハハハ!」

ってもの凄い笑い声をあげたんだ。

 それで、俺の足が大丈夫だって分かると、男は「楽しかった、ありがとう」とか言ってどこかに行ってしまおうとするんだ。てっきり、がっかりしたり怒られたりするもんだと思ってたから驚いちまってさ。

 楽しそうに歩いていく男の背中を見てしみじみ思ったね。

 俺たちがやってる事ってさ、つまり、生きているってことだよ。そこでなにを成し遂げようが、なにもないんだよな。でも、それを成し遂げようとしている事自体が、尊いんだよな。

 つまり、平たく言えば、生きてりゃいいんだよ。その夢の男は、きっと、別のカンガルーを見つけにいったはずだぜ。別の追っかける対象をさ。なんとも素晴らしい人生じゃねぇか。その先になにもなくてもよ。なんとも楽しそうな人生じゃねぇか。

 おまえ、まだカンガルー追いかけた事ないんだろ。だったら、やめちまうのはもったいねぇよ。

 ほら、こっちこい。そう、ほら、俺の手を掴め。そうだ、いいぞ。

 ふー。ほら、早く靴もはけ。あのな、おまえ、一応言っておくけど。こんなとこから飛んでも、飛べないよ。人間、飛べないんだから、走らなきゃな。自分の足で大地を蹴って、カンガルーを追いかけなきゃなんねーよ。

 あー、ほっとしたら腹減っちまったなぁ。一階のフードコートでラーメン食おうぜ! こういう時は何食ってもうめーんだ。

 おまえ、ここのエレベーターガールのねぇちゃんすげぇ可愛いの知ってる? こういう事も人生の楽しみ、ちっちゃなカンガルーだぜ。ちゃんと押さえとけよ。

 おっ来た来た。

 おう、一階をたのむ! あそこのラーメンうまいよな! ねぇちゃん。

 え、これ? ちげーよ! どうみてもこいつ高校生くらいだろ? ねぇちゃん、俺がそんな歳に見えるかい? まぁ、良いけどさぁ……。あっなに笑ってんだよ、このガキ。ガハハハハハ!

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