ss【被害者から、加害者へ】

【今を生きる者たちの独白】

 僕は人を殺した。
 それも、弟をだ。

 僕が作った紙飛行機で遊んでいた弟は、タクシーに轢かれて死んだ。

 両親、親戚、友達、赤の他人にまで、何度も言われた。

「おまえのせいじゃない」

 だけど、僕は今日のこの日まで、自分を責め続けている。

 だって、僕が紙飛行機を作らなければ、弟は車に轢かれなかった。
 だれが、なんと言おうと、それが現実だ。それが直接的原因になったのは間違いないんだ。

 ごめんと謝る前に、弟は死んでしまった。
 弟は、僕を恨んだだろうか。

***

 私は人を殺した。 まだ小さな子供を、轢き殺した。

 一瞬の出来事だった。

 道路の側の植木から何か小さい影が出てきたかと思ったら、「ゴン!!」と大きな音がして、衝撃がハンドルから伝わってきた。

 私はすぐ車を止め、少年に駆け寄った。
 

 少年はぐったりして、動かなかった。
 

 講習で習った通りの救命処置を必死で試みる。
 

 助かってほしいと思った。

こんな、小さな子供を殺したくない。私が、人を殺すなんて……。

 

 女がやって来て少年をもぎ取り、私から守るように背を向けて少年を抱き締めた。どうやら少年の母親らしい。
 

 母親の体がか弱い女性とは思えないほどブルブルと震えていたのを今でも鮮明に覚えている。

 それから少年は病院に運ばれて行って……亡くなった。 俺が、轢き殺したのだ。

 不慮の事故? 避けようがなかった?

 どう言い繕っても、私が少年を殺してしまったのだ。

***

私は人を殺した。

 

 それも、自分の子供をだ。

 実の子供ではない。 再婚相手である妻の連れ子だった。
だが、私は自分の子供である兄と同様にあの子へたくさんの愛情を注いでいたつもりだ。

 しかし、あの子は死んでしまった。

 私はその日、休日で暇を持て余していた。

「お兄ちゃんが飛行機を作ってくれたんだ。一緒に飛ばそうよ」

 あの子はそう言って私を誘った。

 私は「後でな」としぶって一緒に行かなかった。

 私がようやく腰を上げようとした時に「ゴン!!」という音が、遠くから聞こえた。

 なぜ「後で」だったのだろう。そんな理由、今となってはひとかけらも思い出せない。
なんの意味もなかったのだ。

 見ていたテレビが切りの悪い所だった、とか。

 少し体が疲れていて、だるかった、とか。

 そんな、なんの意味もない事で、私は「後でな」と言ったのだ。

 私が、ちゃんとあの子を見ていれば、あの子は死ななかった。

 私が、あの子を殺してしまったのだ。

***

 私は人を殺した。

 それも、血の繋がった実の息子をだ。

 私が駆けつけた時、息子はぐったりと弱っていた。

 

 私は、一体どうすれば良いのか分からなかった。

 私は息子を思い切り抱きしめた。

 これが最後のチャンスだと思った。

 今しかないのだと。 歯ががたがたと鳴った。

 私の腕の中で、息子の命が終わっていく。

 息子に「お母さん」と呼ばれた気がした。

 はっ、として息子の顔を見ると、息子はもう目を開けなかった。

 それから、救急車のサイレンが聞こえた。

 救急隊員の話では、あの時息子にはまだ息があったという事だった。

 最期まで、抱きしめていてあげればよかったと、後悔した。

 あの子は、離婚した前の夫との間にできた子だった。

 夫は私を愛していなかったし、私は夫を恨んでさえいた。

 あの子は、望まれて生まれてきた子ではなかった。

 それでも私は産んでしまった。

 私が産まなければ、息子は死ななくて済んだ。

 私が、あの子を殺した。

***

 私は人を殺した。

 見殺し、というのが人殺しに含まれるならば、私は確実に人を殺した。

 医学生である私は、学校に行く途中で、あの事故に遭遇した。

 私には、彼を救えたはずだ。

 医学の知識は関係ない。

 私だけが彼を救えたはずなんだ。

 だが、見ていた。ただ、見ているしかできなかった。

 必死に救命処置を行うタクシー運転手。

 そこに駆けつけてくる母親らしき女。

 女が力強く彼を抱きしめる。

 彼の顔が、徐々に生気を失っていく。

 救急車で運ばれていく彼。

 その一部始終を、私はただただ見ていた。

 目の前で起きていることが恐ろしくて、何もできなかった。

 私は彼を見殺しにした。

***

 俺は人を殺した。

 

 死なせてしまったのではなく、殺したのだと感じる。
 俺の仕事は簡単に人を殺せるものだと、どうして忘れていたのだろう。

 俺はその日、タクシーに轢かれたあの少年の治療に当たった。

 

 彼の命がかなり絶望的な事は、救急隊員の話で察しはついた。

 

 俺は治療に手を抜いたつもりはない。全身全霊、少年を助ける為に尽くしたつもりだ。

 しかし、少年は、絶命する前突然目を思い切り開いて、確かに俺を見た。

 あの少年の目が忘れられない。

 死ぬ前の人間の目とは思えない、力に満ちた眼光だった。

 少年の目は、俺に何かを語りかけようとしているようだった。

 必死に、何かを伝えようと。

少年は、俺を責めていたのだろうか。

「もっと生きたい」と。

「僕を殺さないで」と。

 しかし俺は少年を助けられなかった。

 俺は、人を殺したのだ。

【少年から、みんなへ】

お兄ちゃん、紙飛行機、すごくよく飛んだんだよ。僕、夢中になっちゃった。お兄ちゃん、悲しまないで。僕は、お兄ちゃんの事がとても好きだったよ。だから、お兄ちゃんの悲しむ所、見たくないよ。ありがとう、僕とたくさん遊んでくれて。ありがとう、僕を可愛がってくれて。最後に、もう一度だけ言うね。紙飛行機、ありがとう。とっても嬉しかったよ

***

タクシーのおじさん、ごめんね。僕が急に飛び出したから、びっくりさせちゃって、それで、それから色々沢山、迷惑をかけちゃったね。だけど、僕はおじさんを恨んでいないよ。悪いのは、僕なんだ。ごめんね、おじさん。本当に、ごめんなさい

***

お父さん。僕のお父さん。お父さんと紙飛行機、飛ばしたかったな。お父さんは力持ちだから、きっと僕より遠く、高く紙飛行機を飛ばせたよね。お父さんは、大きくって、強くって、すごくかっこよかった。大好きだよ、お父さん。長生きしてね

***

お母さん、もう一度だけ、会いたいよ
お母さん……
話したい事が、たくさんあるんだよ、お母さん
お母さん……

***

お姉さん、どうして助けてくれなかったの? お姉さんなら、僕を助けられたでしょ? でも、怖かったんだよね、お姉さんも。でも、僕は、もっと怖かった。怖くて苦しかったんだよ、お姉さん

***

お医者さん、悲しまないで。ごめんね。僕、お医者さんにお礼を言いたかった。頑張ってくれて、ありがとう。お医者さん、すごく一生懸命僕を助けようとして くれた。僕が死んじゃったって分かってからも、他のお医者さんが諦めてしまってからも、僕を助けようとしてくれた。ありがとう、お医者さん。もう、悲しまないで。最後にお医者さんに伝えたかったことはね。

僕を殺した奴は、別にいるってことなんだ

【被害者から、加害者へ】

どうして僕を殺したの。とても苦しかったよ。タクシーに轢かれて、頭が痛くて、でも、お母さんが僕を抱き上げてくれたのが分かった。僕、とっても嬉しかったんだ。あぁ、お母さんだ、って。お母さんが来てくれた、って。お母さんに抱っこされるの、大好きだったんだ。でも、なんでお母さんは僕を殺したの? お母さんにきつく抱きしめられて、僕、とても痛かった。苦しかった。呼吸ができなかった。僕、言ったよね? お母さん、痛いよ、って。お母さん、やめて、って。 お母さんは、どうしてやめてくれなかったの?

【エピローグ】

 事故から数年経ったある夜。

 

 病室のカーテンの隙間から月明かりが差し込んできて、ベビーベッドを照らしている。
 ベビーベッドには生後間もない赤ん坊がすやすやと気持ち良さそうに眠っていた。
 となりのベッドで横になっていた母親が愛おしそうに赤ん坊を見つめ、腕を伸ばす。

 病室から、赤ん坊のけたたましい泣き声が響いた。
 看護師が扉を開けると、赤ん坊がベビーベッドで泣き声をあげている。
 母親は両手で顔を覆い隠していた。

 看護師が赤ん坊を抱き上げる。

「……やっぱり、ダメなの?」

 母親が力なく頷く。

「どうしてなのかな? お父さんやお兄ちゃんは平気なのに、どうして……」

 看護師の腕に包まれた赤ん坊は、泣き止んでいる。
 母親が顔を上げる。月明かりの影になり、赤ん坊の表情は見えない。

 母親は何故か、赤ん坊がこちらをじっと見つめているような気がした。

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