ss【案内シューズ】

 さぁ今日は、巷で大人気の案内シューズのご案内!

 案内シューズはGPS内蔵、全自動で最新の地図情報を取得し、迷わず目的地にたどり着けます。

 使い方は簡単! 付属のステーションボードの上にシューズを置いて目的地を登録したら、あとは履くだけ! 

 シューズがくるぶしからふくらはぎの筋肉を刺激して、自動で足を動かします。

 他の歩行者などの障害物は監視機能が働いて、自動で回避するので安心です。

 歩きながら本を読んでも危険はありません。

 なんなら、寝てしまってもOK!

 最近、玄関の扉にたどり着き、そのままもたれかかって寝ている人が増えているとか。快適なのは分かりますが、風邪をひかないように。

 そしてさらに! 本日は新発売の商品をご紹介します。

 その名も、恋人シューズ!

 こちらは恋人版案内シューズです。ただし、単なるペアの案内シューズではありません!

 お互いの気持ちが通じていればペアのシューズは惹かれ合い、恋人の元へあなたを案内します。

 二人の愛を確かめるにはもってこいのこの商品。

 デザインも多数ご用意。

 今ならカップルで販売店へお越しいただければ20%割引のセール中です!

***

 さて、ここにお揃いの恋人シューズを履いた男女が一組。

 二人の仲睦まじい様子は誰もが羨む恋人同士そのものでした。

 少年が亡くなってしまう、その日までは。

***

 ここは天国と下界の間、うっすらと霧のかかった雲の草原。

 そこから、下界を見下ろしている男が二人いました。一人はメガネにスーツ姿の男性。そしてもう一人は、あの恋人シューズを履いた少年でした。

 メガネの男が、少年に声をかけました。

「今日も行くのですか?」

「どこに」

「彼女の所ですよ」

「行く必要があれば行くさ」

「そうですか。では、行くのでしょうね」

「なぁ、放っておいてくれないか」

「そうはいきませんよ。わが社の製品が死後も役立つなんて、驚きです。しばらく観察させていただきますよ。あ、ほら!」

メガネの男が下界を指差しました。

 その先には、好青年が一人、彼女の家へ向かって歩いています。

「あいつ、性懲りもなく!」

少年は雲の草原を駆け抜け、下界へと向かう空の迷路をシューズの案内を頼りに一心不乱に駆けていきました。

***

 呼び鈴の音に彼女は、はっと顔を上げました。

 そして机の上に飾ってある少年の写真をそっと引き出しにしまうと、玄関に向かいました。

 玄関には、好青年が笑顔を見せながら立っていました。

「ケーキを買ってきたんだ。とっても美味しいって噂だよ」

青年は手に持っているケーキ屋の袋を顔の辺りにかかげ、はにかみました。

 彼女もそれに応え、青年を部屋へ招き入れました。

 彼女が紅茶を淹れて青年と向かい合わせに座ったその瞬間、早くも奇妙な出来事が起こりました。

 紅茶のカップがカタカタと震え、どこかからすきま風が吹き込みます。

 台所にかかったタオルがぴょんぴょんと跳ね、蛇口から水がジャーっと噴き出しました。

 ケーキの上のイチゴがポロリと落ちそうになるのを受け止めて、青年は彼女を見て笑いました。

「今日もまたずいぶん古典的だね。真っ直ぐでいい人だった証拠だ」

彼女は笑い返しながら「ごめんね」と言って紅茶のカップを手に取りました。

***

 ここは、雲の草原。メガネの男が一人、下界を見ています。

 すると恋人シューズを履いた少年がのしのしと肩を怒らせながら、帰ってきました。

「撃退したんですか」

「当然だ。だが、あいつ、帰りしなにとんでもない事を言いやがった」

「うーん、なんだか嫌な予感がしますね。ねぇ、あなた。悪い事は言わないから、もうやめておきなさいな」

「余計なお世話だ」

「まさか気がついていないなんて事はないでしょうけど、死んでいるんですよ、私たち」

「分かってるよ、そんな事!」

「いいや、分かってない。分かっていないですよ、あなた」

「俺は、車に跳ねられて死んだんだ。今でもあの時の信じられないような痛みはよく覚えているよ」

「そういう事じゃないんです」

「……何?」

「いいですか。あなた達は確かに生前、疑う余地もなく愛し合っていました。そして、恐らく今も。彼女の側にはとっても良い青年がいるようですが、それでも彼女はまだあなたを愛している」

「そうだ。だから俺も彼女を見守る」

「だから、だめなんです、それは」

「どうしてだ! お互いに愛し合っているのなら、いいだろう!」

「いいですか。彼女の家にはね、まだあるんですよ。あなたと同じその恋人シューズが」

***

 彼女は青年が帰った後、薄暗くなった部屋の中で、また少年の写真を眺めていました。

 そんな彼女の脳裏には帰りしなに青年が言った言葉がこだましていました。

「彼の事がまだ忘れられなくても良いから、僕と付き合って欲しい」

とっくに枯れたはずの涙が、彼女の頬を伝います。そして彼女はおもむろに立ち上がると、玄関へ向かいました。

 彼女は靴箱の奥にしまってあった恋人シューズを取り出して履くと、きつく靴ひもを結び家を出ました。

***

 雲の草原で、メガネの男が叫びました。

「ほら、言わんこっちゃない!」

男と少年が見下ろす下界の先で、彼女はふらふらと今にも倒れそうな足取りで歩いています。

「は、早く! 早く行きなさい!」

メガネの男が少年の背中を押します。しかし少年はそこにしゃがみ込むと、シューズの紐をほどきはじめました。

「なにやってるんですか!?」

慌てる男を尻目に、少年はシューズを脱ぎ捨て、下界へと駆けていきました。

***

 彼女はふらふらと歩き続け、とうとう目的の場所までたどりつきました。

 そこは、人のあまり通らない寂しい踏切。彼女は、ここから少年の元へと向かう事に決めたようです。

 カンカンと音がして、踏切のバーが下がり始めます。

 彼女は、バーが下がり切らないうちに線路の中へと入りました。

 列車が、近づいてきます。

 彼女は目を閉じ、少年と、そして最後に、青年の顔を思い浮かべました。

「馬鹿!」

 大声に驚いた彼女が目を開けると、そこには青年が立っていました。

 青年は強引にバーを乗り越え、彼女の体を抱え上げると、線路の外へ飛び出しました。

 列車が踏切の中を猛スピードで駆け抜けて行きます。

 事態を把握できずにいる彼女に、青年はどなりました。

「なにをやってるんだ、君は!」

彼女はこう尋ねるのがやっとでした。

「どうしてここが分かったの?」

青年は彼女を見つめながら一つ息を吐いて、静かに言いました。

「彼が教えてくれたんだ。やっぱり彼は、いい人なんだ」

青年が彼女を強く抱きしめると、彼女は声を上げて泣きました。

 彼女のシューズはもうどこへも彼女を連れて行こうとはしない。温かい青年の腕の中でそう気づいた彼女は、泣き声を一層大きくするのでした。

***

 ここは、雲の草原。

 メガネの男が待っていると、少年がのしのしと帰ってきました。

「なかなかやるじゃないですか」

男の声には耳を貸さず、少年は自分の脱ぎ捨てたシューズを拾い集めました。

 そして少年はほんの少しの間だけ名残惜しそうに見つめてから、それを下界に捨てました。

「そんな事しなくても、彼女はもうここには来ませんよ」

「うるさいな! なぐさめろ」

「嫌ですよ。面倒くさい」

そんな事を言い合いながら、メガネの男と少年は下界を背にして歩き始めました。

「で、どっちに行けばいいんだ」

「はい?」

「天国だよ。どっちに行けばいいんだ」

「知りませんよ、そんな事」

「何!? おまえ、知っているんじゃなかったのか!?」

「知りません。私だって、死ぬのは初めてなんですから」

「使えないやつ……」

「まぁ、のんびり迷いながら逝きましょう。案内がないというのも、いいじゃないですか」

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