ある所に、それはそれは太った男の子がいました。仮に、ふとし君としましょう。
安直ですって? まぁ、良いではないですか。
ふとし君は、赤ん坊の頃からよく食べる子供で、四六時中なにかを食べていました。
両親は、ふとし君がまだ小さい時こそ「よく食べる子だ」なんていって顔をほころばせておりましたが、ふとし君が中学校へ上がり、高校生になる頃から、いよいよもってこれはどうにかしないと、と思うようになりました。このままでは、自分で歩く事もできなくなってしまいそうです。
そんなわけで両親はふとし君の食事を制限しました。空腹で暴れて仕方がない時は野菜などをたくさん与え、それでなんとかふとし君を落ち着かせました。
さて、そんなふとし君ですが、大学生になり一人暮らしを始める事になりました。
「くれぐれも、食べ過ぎないように」
そんな両親の忠告なんて、どこふく風。ふとし君はこれ幸いにと自分の好きなものを、好きなように食べるようになりました。
そんなふとし君になんと彼女ができました。大学という様々な人間が集まる場所には、合う人間が一人くらいはいるものです。
ふとし君の彼女も、やっぱり太っていました。それも、ふとし君に負けず劣らずといった太り方。
二人は主に食べ放題のお店でデートを重ね、やがて一緒に暮らすようになりました。
そんな甘い日々が続いた、ある晩の事。
その夜二人は「唐揚げナイト」を楽しんでいました。熱々に揚がった唐揚げを口いっぱいに頬張ります。
「そのへんにしておきなさい」なんて野暮な事を言う人間はいません。
二人は口の中いっぱいに広がるおいしさに、夜通し夢中になりました。
翌朝、ふとし君と彼女に困った事が起こりました。
唐揚げをお腹いっぱい食べた二人は一晩のうちにより一層太り、その重さで木造の床を突き破り、地面にめり込んでしまったのです。
二人の住まいが一階だったのが不幸中の幸い、という所でしょうか。
ふとし君と彼女は一生懸命体を動かしますが、どうにもこうにも抜け出せません。
しかし幸運な事に、ふとし君の手を伸ばせば届く所になんと携帯電話が落ちていました!
ふとし君は賢明に手を延ばします。そして、ついに携帯電話を掴みました。
ふとし君はさっそく携帯電話を耳に当て、「ラーメンを二十人前。それに餃子を十皿。チャーハンを二十人前、大至急で」と出前を注文しました。
なんでも、「まずは、抜け出す体力をつけなきゃあ」との事。いやはや、恐るべし、ふとし君達の食欲。
3人がかりで料理を運んできた出前持ち達がドアをノックすると
「開いてるから入ってきて」
というふとし君の声が聞こえました。
ふとし君の家は「鍵のつまみが小さくてつまめない」という呆れた理由で鍵をかけていなかったのです。
促されるままに料理を部屋に運んだ出前持ち達はびっくり仰天。
「あ、あの大丈夫ですか」
なんて気遣いますが
「手の届く範囲に料理を置いて! お金は財布から勝手に持って行っていいから!」というふとし君の剣幕に押され、金を受け取ってさっさと退散しました。
さて、ようやく朝食にありつけたふとし君達。世にも幸せそうな顔でラーメンをズルズル、餃子をガツガツ、チャーハンをモリモリと平らげていきます。
困ったことがまた起きました。食べるそばから、二人の体が地面にめり込んでいくのです。
食べれば食べるほど、そのスピードは増していきます。
しかし、ふとし君達は食べるのをやめられません。
ついには口だけをつきだして懸命にラーメンの汁を吸っていたふとし君は彼女にお別れを言う前に地面に完全に埋まってしまったのでした。
目の前に食べ物がなくなったふとし君は絶望のあまり訳の分からない叫び声を上げながら地中深くへと埋まっていきます。
何も無い闇の恐怖がふとし君を襲いました。
しかしここでもすごかったふとし君の食欲!
食べ物がないと分かると、目の前の土を食べ始めました。
普通の人ならばもちろんお腹を壊してしまう所ですが、ふとし君の鍛え抜かれた胃腸は土をもどんどん消化していきます。
そしてふとし君は土を食べ、更に太り、どんどんと地中へ埋まっていきました。
そうしてしばらく経った頃、ふとし君は足に強烈な熱を感じました。
地面を突き進んだふとし君はついに地球の中心、高熱の支配する世界へ到達してしまったのです。
ふとし君は思いました。
ついに、自分は死んでしまう。もう、なにも食べられないの? 最後に、こんなまずい土なんかじゃなくて、大好きな焼き肉を食べたかったよぉ。
その時、奇跡が起こりました。
なんと、どこからか微かに焼き肉の匂いがしてくるではないですか。
ふとし君は先ほどまでの後ろ向きな気持ちを吹き飛ばし、肉の匂いのする方へ、土を食べて突き進みました。
こんな地中深くに存在する肉。それはその昔滅んだ古代生物の残骸か。はたまた地底人か。
それがなんの肉なのか。そんな事は関係ない。食べるために生まれてきたふとし君は肉へとただひたすら邁進しました。
肉の匂いがどんどん近づいてきます。
それは、それまでふとし君が食べたどんな肉よりも、おいしそうな匂いがしました。
それにかぶりつけたら。もう、ふとし君に思い残す事はありません。
そして、ついにふとし君は匂いの元へと到達しました。
そこには、世にもおいしそうな匂いを立ち上らせた彼女がよだれを垂らしてこちらを見ていました。