ss【レンジ犬のシロマル】

「あぁ、疲れた」

そんな独り言に返事がない部屋に帰り着いた私は、すぐに電子レンジへ向かった。

私の最近の癒し。

“キューブ”をレンジにセットして水をたっぷり張ったボールに”生地”を入れてレンジにかけた。

「チン」という音がした瞬間にレンジの中からシロマルが飛び出してきた。

「ただいま〜シロマル!」

私がそう言って抱きかかえると、白いマルチーズのシロマルは私の顔をペロペロと撫でた。

犬が飼えない家庭で生まれ育った私にとって、「レンジドッグ」は革命的な発明だった。

冷凍された生地を電子レンジにかければたったの3分で私のペットがレンジから飛び出す。

シロマルはいつものように部屋の中を私に会えた喜びを表現するように駆け回った。

犬特有の匂いがつかないタイプや毛が抜けないタイプの生地を選ぶこともできるが、私は本物志向の生地を選んだ。

その為にペット可のマンションを借りたわけだし。

だからシロマルは匂いもちゃんとするし、トイレだってする。もちろん餌も食べる。ちゃんとしたペットだ。

着替える間もシロマルは私にまとわりついて、探し出してきたボールで遊ぶようにせがむ。

「も〜、待って!」

そう言いながら私はボールを投げてやる。シロマルはすぐにそれを持って帰ってくる。私が教えた芸だ。

レンジドッグには記憶もある。レンジにセットした”キューブ”にシロマルの記憶は保存されているのだ。

キューブをセットして生地を温めることで私との記憶を持ったシロマルが現れるのだ。

本物の犬を飼おうと思ったこともある。だけど私はやっぱりペットが死んでしまうのは嫌だったし、だからシロマルを飼うことにしたのだ。

シロマルと一緒に夕食をとる。この時間が私にとって一番の幸せだ。

お風呂にまでシロマルはついてきて、ちょっとの間だというのに曇りガラスの向こうから寂しげな声を出す。

夜が更けると私とシロマルは一緒に布団に入った。

シロマルがぐいぐいと私のスペースを侵食してくる。

私はシロマルのふわふわした毛に頭を埋めるようにして眠りについた。

朝起きると、ベッドの中にシロマルの姿はなかった。

その代わりに台所のシンクに新しいキューブが転がっている。

シロマルは一晩経つとキューブに戻る。

戻るときに体から水が噴き出して縮むので、必ず台所のシンクかお風呂(オプションで選べる)でキューブに戻るように教え込まれている。教え込まれているというより、もしかしてプログラミングされていると言ったほうが正しいのかもしれないけれど。

このキューブには昨日のシロマルの記憶が追加で記憶されている。私はキューブを大切にしまって家を出た。

そんな、他の人から見たら寂しい生活を続けている私にも彼氏が出来て、彼との結婚が決まった。

彼は結婚相手としては申し分ない人物で、私は彼のことをとても愛していた。

だが、彼には一つだけ欠点があった。

彼は犬がダメだった。

幼い頃に野良犬に噛まれてから、犬を触るなんてとんでもなくて、犬の姿を見るのもダメ、匂いを嗅ぐのすらダメになったらしい。

私はその事を彼と付き合ってだいぶ経った頃に知った。

そんな彼の一面が、彼との結婚を思いとどまらせることはなかった。

むしろ、もしかしてこれまで犬の匂いをさせていたかもしれない私をそれでも愛してくれたことに感謝した。

そして、私はシロマルとの最後の夜を迎えた。

レンジからシロマルが元気よく飛び出してきて、私の顔を舐める。

「ねぇシロマル。しばらくお別れだね」

私がそう言うとシロマルは分からないという風に首をかしげた。

明日には引越し業者が来て、私は彼と一緒の家に移り住む。

「そうだ」

どうせだからと私は残りのレンジドッグの生地を全てレンジにかけた。

その夜、私はたくさんのシロマルに囲まれて眠ることができたけれど、それがかえってシロマルが”ニセモノ”であるような気分にさせて、私は少し後悔して眠った。

翌朝、シンクにはたくさんのキューブが転がっていた。

*****

「ねぇ、ママ」

「ん〜」

「これなぁに?」

「あら。懐かしいもの見つけたわね」

「おもちゃ?」

「ううん。それは”レンジペット”っていう……なんていうのかな、ワンちゃんの元だよ」

「ワンちゃんの元?」

「そう。それをね、電子レンジっていう機械にかけるとね、ワンちゃんが出来上がるの」

「ほんと!? 見たい見たい!」

「え〜。電子レンジなんてもうないから無理だよ」

「え〜!なんでー!」

「あ、待てよ。確か物置にあったな」

「ほんと!?」

「うん」

「じゃあ、ワンちゃん見れる!?」

「ん〜。でもパパが嫌がるかもなぁ。それに、生地ってまだ売ってるのかなぁ」

「見たい見たいー!」

「あ、まだ売ってるみたいね。よし、じゃあワンちゃんと遊んでみよっか」

「わーい!」

「これでいいの!?」

「ん〜と、そうだね。水もセットしたから、あとはレンジのスイッチを入れるだけ」

「じゃあ押すね!」

「待った。もしかしておしっことかしちゃうかもしれないからお庭でやろう」

「はーい!」

庭に設置されたレンジから、白い犬が元気よく飛び出した。

レンジから飛び出した犬はあたりをキョロキョロと見渡してから、目の前にいる少女を見た。

少女が犬をなでると、犬は喜んで庭を駆け回った。

「ねぇママ! この子ボール取ってくるよ!」

「ふふ、すごいね」

犬は少女とその母親が、今の主人なのだとすぐに理解した。

餌を与え、ボールを投げてくれるその主人と一緒の時間を犬は楽しんだ。

そして夜になって、犬は親子と一緒のベッドに入った。

「ねぇママ、そう言えばこの子の名前はなんていうの?」

「知らな〜い。だってこの子はひいおばあちゃんの犬だもん」

「ひいおばあちゃんって、どっちの?」

「ママのおばあちゃん。もういなくなっちゃった方のひいおばあちゃんだよ」

「ふぅん。じゃあ私が名前つけていい!?」

「うん」

親子が寝静まると犬はベッドを抜け出してキューブ戻る為に台所のシンクに向かった。

そしてその家の仏壇の方を見ると、一声だけ「ワン」と鳴いてから、キューブへと戻っていったのだった。

(了)

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