毛玉投資

ショートショート作品
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何かいい儲け話はないかな。

そんなことを考えながら歩いていた時だった。

「あなた、ペット投資に興味はありませんか?」

見るからに怪しい風貌の男がそう話しかけてきた。

「ペット投資……?」

ペット事業に関する企業の株でも買うのだろうか。

それとも馬主のようになにか動物に直接投資をするということだろうか。

「ペット投資というのはですね……ちょっとこちらへ」

男は私を道の端に連れて行くと、犬や猫を入れるようなキャリーバックを私に見せた。

バックの中では小さな毛玉のようなものがふわふわと浮いている。

「なんだい、これ」

「それを説明する前に。あなた、宇宙については詳しいですか?」

「は? 宇宙? いや、別に……」

「そうですか。実はこの投資の最初の難関がですね……。えぇと、私は投資のブローカーなんです。それはなんとなく分かりますよね?」

ブローカーといえば仲買人のことだ。投資を勧めてきているくらいだからそれはそうなのだろう。

「それでですね。私は全宇宙を渡り歩いているブローカーなんですよ」

「は……?」

「あ、ダメですかね。そういうの全然ダメなタイプですか?」

「ダメっていうか……。宇宙をってことは、あんた宇宙人なのか」

「いや、私は地球人ですよー。ただ、宇宙に対してビジネスをしているんです。多くの人はここで怒って帰っちゃうんですけど……あなたはどうでしょう?」

男の目を見る。嘘はついていないらしい。昔から人の嘘を見抜くことだけは得意だ。

「わ、やった! あなた大丈夫なタイプなんですね。よかった〜。そういう人はね、将来お金持ちになれますよ。儲け話は宇宙にもた〜くさんありますからね」

「あ、そう……」

「それで、本題なんですが。今回ご紹介するペット投資というのはこの中の生物を買い取っていただき、増やしていただく投資になります」

「これを、増やす……?」

私はもう一度バックの中の茶色い毛玉を見た。

「はい。これは地球外生命体なんですがね。ほら、毛玉にそっくりでしょう。地球ではありふれた毛玉。それにそっくりな生物。利用価値なさそうでしょう? だけどね、これが宇宙では高く売れるんですよ〜〜! ある星でね!」

どこからどう見ても犬かなんかの毛玉にしか見えないが……。

「それで、あなた。これを10万円で買いませんか?」

「はぁ!?」

「買っていただいて、これを増やしていただければ、今度はそれをそのまま1匹につきその値段で引き取ります。つまり、1匹増やせば2倍の儲けが出るということです」

「そんな上手い話……」

「あるんだなぁこれが。ただし、これを増やすのはちょっと大変なんですよ。その点、あなたは素質がありそうだ。うまくいけば三日で2匹に増えますよ。世話も簡単です。どうしても増えなかったら、その時は1匹分の代金をお返ししますから」

完全に怪しい。怪しい……が、バックの中の毛玉は本当に意志を持った生物のように動き回っている。

それに、うまくいかなかったら金もかえってくるというし……。

「よし、1匹買おう」

「わぁ〜〜〜やったぁ! じゃ、これ連絡先と、振込先と……」

こうして私は男に10万円を払い、毛玉を手に入れたのだった。

***

男が話した”毛玉”の世話は以下の通りだ。

・毛玉を食べさせる事(服、動物の毛玉、ホコリなど)
・部屋をなるべく乾燥させる

たったこれだけ。確かに簡単である。これだけで三日後には2匹に増えるらしい。

ただし1つだけ注意点がある、と男は言った。

「水だけは気をつけてくださいね。そいつは濡れるとすぐに死んでしまいます。お客様の不注意で死なせてしまった場合は料金をお返し出来兼ねますのでそのつもりで。。。」

***

そんなわけで、いま私は部屋に毛玉を放し飼いで飼っている。名前はそのまま「ケダマ」とつけた。

ケダマは勝手に私の服にまとわりつき、美味しそうに毛玉を食べている。

あの男が「素質がありそうだ」と言ったのは、その時着ていたセーターが毛玉だらけだったからだろう。

ケダマはクローゼット中の服の毛玉を食べ回り、ついには部屋のホコリまで食べ始めた。

ケダマが生物であることは、やはり間違いないらしい。

ケダマはお腹がいっぱいになると私の周りをふわふわと飛び回り、私が手を出して遊んでやると嬉しそうに飛び跳ねていた。そして部屋がちょっと湿っていたりすると、その体をプーーッと膨らませて抗議をするのだった。

***

そんな日々がすぎ、三日目の朝。私が目を覚ますと、ケダマが一回り小さくなっていた。

「ケダマ……?」

ケダマを手に乗せたが、ケダマはぴくりとも動かなくなっていた。

「おい、ケダマ! 大丈夫か!?」

ケダマはまったく動かない。まるで普通の毛玉に戻ってしまったようだった。

と、その時視界の隅でなにかが動いた。それは……小さなケダマだった。

小さくなったケダマは私の手に乗ると嬉しそうにくるりと回転した。

どうも、男の言う通り増えたらしい。

私はさっそく男に連絡をした。

「おぉ、増えましたか」

「あぁ。さっそく約束の金を……」

「ちょっと待って。その増えた毛玉、ちゃんと動きます?」

「え? いや……片方は動かないが」

「あぁ。じゃあ失敗です」

「失敗!?」

「はい。それは分裂じゃなくて”脱皮”ですね。よくあるんですよ。脱皮はただの毛玉と本体に分かれるだけの行為なので増えたことになりません。残念でした」

「おい。じゃあどうしたらいいんだ」

「また三日待ってください。そうしたら分裂するかも」

「なんだって……!?」

「投資は辛抱。もう少し、頑張りましょう!」

***

仕方がないので、私はまたケダマを三日間育てた。すると、ケダマはまた2つに分かれたが、それもただの毛玉だった。

「おい! 全然増えないぞ!」

「だから難しいと言ったでしょう。根気よく続けましょう」

「もう嫌だ。こいつを返すから金を返してくれ」

「……まぁ、それはいいですが。今だと6万円しかお返しできませんよ」

「なに!?」

「言ったじゃないですか。お返しするのは”1匹分のお金”だって。今ちょっとそいつの値が下がってるんですよね〜」

「貴様……!」

「大丈夫大丈夫。またすぐに上がります。それに、2匹に増やすことができれば12万円で買い取れますから。利回り20%ですよ。悪くないでしょ?」

「……」

仕方がないので、私はまたケダマが分裂するのを待った。

***

そしてある日のこと。

またケダマが少し小さくなっていた。

「脱皮か……」

そう思って私がただの毛玉と思われるものを手に取ると、その毛玉がふわりと宙に浮いてくるりと回転した。

もう1匹のケダマも部屋の隅でホコリを食べている。

2匹とも紛れもないケダマだった。

「やった! 成功だ!」

***

私が連絡をすると、男はすぐにやってきた。

「はは、やりましたねぇ。ではこちら、約束のお金です」

そう言って男は12万円を差し出した。

私はケダマ2匹を男へと引き渡す。

男はケダマを受け取ると、あの時持っていたのと同じようなキャリーバックへ入れようとした。

その時だ。

ケダマたちがキューーーッと体を縮こませた。

あれは……ケダマたちがひどく怯えている時にやる行動だった。

「なぁ」

「はい?」

「それって、これからどうするんだ」

「あぁ。売るんですよ。宇宙人にね。……へへ、実はね、これ。ペットなんかじゃなくて食料なんですよ」

「食料?」

「えぇ。こんな毛玉を食べる宇宙人もいるんですよ。宇宙は広いですよね〜」

じゃ、と言って男が帰ろうとするのを、私は「待った!」と呼び止めた。

***

結局、私は男から受け取った12万円でケダマたちを買い戻してしまった。

男は「僕は別にいいですけど……」と言って去っていった。

まったく。とんだ買い物をしてしまった。

***

さらに悪いことに、ケダマはそれからもどんどん増えた。

2匹が4匹に。

4匹が8匹に。

投資した金が複利で増えていくように、どんどんとケダマの数が増えていき、私の家はあっという間にケダマたちでいっぱいになってしまった。

ケダマたちは私の部屋にある毛玉という毛玉、ホコリというホコリを食べ漁っている。

ついにはもう食べるものがないようで、私の目の前でぴょんぴょんと飛び跳ねて抗議を始めた。

「もう毛はないの!」

まったく……。もう毛はないし、儲けもないなんていうロクでもないダジャレが頭をかすめる。

「もうけがない……? ……あ!」

その時私はこいつらを使ったビジネスを思いついた。

“あなたのお部屋、綺麗にします”

こいつらケダマを1匹ずつ家に派遣し、服の毛玉を取ったり部屋のホコリを綺麗にしたりするビジネス。

これだけ数がいれば、一日一軒1,000円だとしてもそれなりに儲けにはなるかもしれない。

よし、明日からさっそく顧客探しだ……!

「おい、寝るぞ」

私がそう言うと、ケダマたちはベッドの上に寝ている私のところに集まってきた。

ケダマに覆われると羽毛ぶとんのように温かくて気持ちがいい。久しぶりに身も心も温かい夜だ。

「おい。明日からおまえたちにも働いてもらうぞ」

私がそう言うと、ケダマたちは意味が分かっているのかいないのか、体をゆさゆさと揺らして喜んだ。

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