ss【風変わりな私たち】

それは、新築の家で初めて夫婦喧嘩をした時だった。

私の妻は怒ると手当たり次第に物を投げる癖がある。

その時も私に向かって様々なものが飛んできた。

売り言葉に買い言葉。私たちの喧嘩が苛烈を極めた時、それは起こったのだ。
新築の家が小刻みに震えた。

「地震か……?」

私たちは喧嘩を一時中断し、地震のニュースサイトをチェックした。

しかし速報は出ていない。

確かに、震えたのだが……。

結局、地震のせいで喧嘩はうやむやになり、私たちは無事仲直りをして部屋に散らばったものを片付け始めた。

「ごめんね」

なんていう喧嘩後の妻はちょっと可愛くて、実はけっこう好きである。

だが事件はまたしても起こった。

狭いマンションから新築の一戸建てに移ったら思う存分使おうと夫婦で購入したカラオケセット。

そのマイクがない。

私たちは部屋中を探し回ったが、どこにもマイクはなかった。

一体どこに行ってしまったのか……?

その時、妻が「あっ!」と大声を出した。

そしてその瞬間、家がまたちょっと震えた気がした。

「また地震か……?」

「そ、そんなことより、あれ!」

妻が天井の隅を指差した。

そこには黒い大きなキノコが生えていた。

いや、キノコではない。

あれはマイクだった。

妻が私への怒りで思い切り投げたであろうマイクが、新築一戸建て一階リビングの天井に突き刺さっている。

私たちはマイクを見上げた。

普通こんな時、また喧嘩が勃発するのであろうが、その時の私、そして妻もあまりのことで笑い出してしまった。

「て、て、天井からマイクが」

「ごめんなさい、マイク、気づかなかったわ、マイク、投げたの、天井、突き刺さって」

そんな風に声を震わせながら二人で笑った。

その時だった。

今度は家が大きく揺れた。それも、先ほどよりも大きく。

これはいよいよ大地震だぞ、と思って笑うのを止めた瞬間、家の揺れも収まった。

「なんなんだ、さっきから……?」

「……ねぇ、これって、もしかして……」

妻はそう言うと口の前に人差し指を立てた。

家の中がシンッ……と静まり返る。

「わ!」

妻が突然大声を出した。

驚いて飛び跳ねそうになった時、私より先に家が飛び跳ねた。

食器棚にしまった皿がカチャカチャと揺れる。

「やっぱり……」

「……まさか」

そう言って私はマイクを見つめた。

そして「おまえ……まさか家なのか?」とマイクに向かって話しかけた。すると、家は頷くように一回ズズンっと二階を小さく折り曲げた。

「あなた、私たちの声を聞いてるのね」

またズズンっと、一回。

えらいことになった。

マイクが突き刺さった家は、私たちの会話が聞こえ、理解しているらしい。

すると、私たちが喧嘩をしている時の震えは喧嘩を怖がって家が震えていたのか。

そして私たちがマイクを見つけて笑った時は、一緒に笑うようにその”体”を震わせたのだろう。

これから新築一戸建てで夫婦二人の人生が始まると思っていたが、どうも”三人”の生活が始まったらしい。

家は私たちの会話やテレビの声に合わせて体を震わせたり、ズズンと二階をちょっと折り曲げたりした。

マイクを抜こうかとも考えたが、妻と話してやめた。二人とも風変わりなものが好きなところは気が合う夫婦なのである。

それに、天井にマイクが突き刺さっていても、特に困ったことは起きない。

唯一面倒があるとしたら、両親や友人を家に招いた時にマイクに気づいた者には何かしらの言い訳をせねばならぬことだった。

さて、そんな三人暮らしの我が家にも、一人、また一人と家族が増えた。

娘が二人生まれたのである。

娘が生まれたことを報告した時、家はとても喜んでくれた。

家の意思疎通は震えるか二階を折り曲げるかのどちらかだったが、家と長い時間を過ごしてきた私たちには家がどんなことを言っているのかが分かったのである。

家は私たちをしっかりと守ってくれた。

上の娘がまだ生まれたばかりの頃、娘がベビーベッドから転げ落ちそうになったのだが、妻は食事の支度をしていて気づかなかったらしい。その時、家がその体全体を大きく震わせて妻に異変を知らせてくれたのだという。

そして娘たちは「この家には父親と母親、そして家が住んでいる」という奇妙な状況が当たり前の環境で育ったので、誰もいない家に帰ってきても「ただいまー」などと家に挨拶をしていたそうだ。

そんな家と長い時間を共に過ごした娘たちも嫁いでいき、家には私たち夫婦だけが残った。

私たちと娘たちを立派に守り続けてくれた家もだいぶガタが来ている。

私たち自身も少しずつ広い家の中を行き来するのが負担に感じるようになった。

そんな時、娘たちの勧めもあって、夫婦二人で小さなマンションに引っ越すこととなった。

この家をどうするかは、よくよく話し合った結果、取り壊すことに決めた。

私たちの人生は、この家と共にあった。風変わりなマイクの突き刺さった家。

「今までありがとうな」

私がそう話しかけると、家はギシギシと二階を折り曲げて答えてくれた。

取り壊しの日、私たちは工事の人にお願いして、天井に突き刺さったマイクとその周辺の天井板だけを取っておいてもらった。そして私たち三人は一緒にマンションへと移り住んだのだ。

***

それから、静かな長い長い時が流れて。

私たちは新しく構えた新居で娘たちを待っている。

「初めて人を迎えるというのは緊張するものだね」

「そうね」

「ちゃんと聞こえるのかなぁ。頼んだぞ、家」

私がそう言うと、家が「任せなさい」とでも言うようにその体全体を揺らす。

「あ、ほら、来たわよ」

妻が嬉しそうに言う。

見ると、新居の前の坂を登って、娘とその家族がみんなでやってきてくれた。

「お父さん、お母さん、みんなで来たわよ」

「何回見ても風変わりよね〜。まぁ、あの二人らしいけど」

そう言って娘たちが笑う。

その声は天井に取り付けたれたマイクからはっきりと聞こえてきた。

私たちは「ようこそ」と言うように、みんなで一斉に暮石を震わせた。

(了)

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