ss【clothes婚活】

「はぁ……」

駅からの帰り道、私はため息をついた。

その日は婚活サイトで知り合った男性との初めてのデートだった。

しかし、はっきり言って結果は惨敗である。

「メールではあんなにいい感じだったのにな……」

こんな気持ちを味わうのは初めてではない。

だが、こういう事が続くとさすがに気が滅入ってくる。

もう、婚活なんて辞めようか。

そう思っていた時だった。

インターネットでぼんやり婚活サイトについて調べていると、見慣れない単語が目に入った。

「clothes……婚活?」

広告をクリックしてサイトを見てみる。

サイトによると、clothes婚活とは男女お互いの衣服の相性を図る婚活なのだという。

「なにそれ」

笑いながらページを閉じようとしたが「うまくいかなければ100%料金はお返しします」とい

う文字と、店舗の住所がちょうど家の最寄駅だったことが気になって、私の頭の中には

「clothes婚活」の文字が記憶された。

「で、結局来ちゃったな……」

婚活の時期も長くなり、もうなんでもいいからうまく行ってくれという気持ちになっていた私は、会社帰りに「clothes婚活」の店舗までやってきていた。

もうここまで来たらとりあえず話だけでも聞いて帰ろうと思い、私は店舗に足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ」

受付を済ませると、とても感じの良さそうな女性が「桜井様のご担当をさせていただく桃井です」と名乗った。

「お名前、ちょっと似てますね」と笑う。素敵な女性だ。

桃井さんは、改めて私に「clothes婚活」について説明してくれた。

「clothes婚活では、結婚相手をお探しの女性と男性の衣服の相性を見ます。衣服にはたくさんの情報が隠されています。服のセンスはもちろんですが、匂いやホルモンも大事な要素になります」

「匂い……ですか?」

「はい。結婚の相性が良い二人はホルモンの度合いが近い場合が多いというのが最新の研究で分かりました。そしてホルモンに由来する衣服の匂いは、お互いの相性がいいかどうかを判別する最高の判断材料となります。私共のclothes婚活はその点に注目した婚活サービスなのです」

桃井さんはそう言うと、次にclothes婚活の具体的な流れについても説明をした。

clothes婚活をするには、一日着た服を預ける必要があるという。

そしてその服についてまず匂いなどの成分を解析し、その結果が近く相性が良いと思われる男性の服と、今度は”お見合い”をさせるということだった。

「お見合い……ですか?」

「そうです。男女一組の衣服を一晩、密閉空間で保存させていただきます。そしてその結果をもって、最終的に相性の良し悪しを判断させていただくのです」

説明後、桃井さんは店舗の中を案内してくれた。

服の匂いを検出する道具や男女の服が一晩を過ごす密閉容器など。

「もちろん、服をお預けいただくことに抵抗がある、または男性の衣服と一緒の場所に保管されることに抵抗があるという場合は無理にご利用していただく必要はないかと思います。ただ、我々は当サービスに絶対の自信を持っておりますので、桜井様にもきっと良いお相手が見つかると思いますよ」

結局私は後日また店舗を訪れ、一日着たままのブラウスを預けることにした。

「では、お預かりさせていただきます」

ビニールに保管されるブラウスを見ながら「あのブラウス、男性の服と一夜を共にするのか……」となぜだかちょっと官能的な気分になってしまった。

結果が出たのは、ブラウスを預けてから一週間くらい経った頃だった。

「まずはブラウスをお返ししますね」

綺麗にクリーニングされたブラウスを桃井さんが手渡してくれる。

「それで、あの……結果というか……」

「はい。桜井さんにぴったりな男性が見つかりましたよ」

「本当ですか!?」

「えぇ。それもかなりお似合いと言いますか……相性診断はほぼ完璧です」

「そんなに!」

「はい。絶対の自信あり、です」

そう言って桃井さんは相手の男性のプロフィールを紹介してくれた。

プロフィールを見る限りは悪い相手ではなさそうである。

年齢も比較的近い。

「会ってみますか?」

桃井さんに聞かれた私は、素敵な出会いを想像して「はいっ」と元気よく挨拶をした。

紹介された男性と待ち合わせをしながら、私は自分の心臓が高鳴っているのを感じた。

桃井さんのあの自信。かなり相性が良い相手に違いない。

一体どんな男性がやってくるのか……。

約束の時間の10分前。ついにその相手が姿を現した。

「あの……桜井さんですか?」

「え、えぇ」

現れたのは私とあまり背丈の変わらない、正直……なんというか、パッとしない男の人だった。

服装のセンスもあまりいいとは言えない感じである。

「じゃ、じゃああの、行きましょうか」

そう言って男性が歩き出す。

私は現時点でかなり消極的な気持ちになっていた。

正直、見た目は全然好みではない。

性格はまだ分からないけれど、緊張しているのか、ちょっと落ち着きがないようにも見える。

(こりゃ外れかな……)

そう思いながら、彼が選んでくれたお店に入る。

お店の雰囲気はそこまで悪くない。

「あ、あの、改めまして。橋口です」

橋口、と名乗った彼は、本当に相性抜群の相手なのだろうか。

今のところはあまり良い要素は見当たらないのだが……。

だが、それは、食事が運ばれてきてすぐのことだった。

「いただきます」

そう言ってナイフとフォークを持った彼の手つきに、ドキッとしてしまった。

ナイフとフォークを持つ手が、なんだかとても素敵だったのだ。

そして……。

「あの、すみません」

そう言って店員さんを呼び、私の分の飲み物を注文してくれた時。

「よろしくお願いします」

そう言って店員さんに笑いかける彼に、またもドキッとしてしまった。

「あの……桜井さん?」

彼が不思議そうにこちらを見つめてくる。

「え、あ、すみません! ありがとうございます、あの、注文してくださって」

「いいえ」

そう言ってまたナイフとフォークを持つ橋口さん。

顔はやっぱり正直全然タイプじゃない。

だけど、その食事をする時の仕草。そして、店員さんへの物腰の優しい振る舞い。そういう部分が素敵だなと思って、いつのまにか私の心臓は待ち合わせ前の時のように高鳴っていた。

そして、食事が終わって店を出た後、私たちは連絡先を交換して、また会う約束をした。

橋口さんとは、その後何回もデートを重ねた。

橋口さんから最初に会った時のちょっとオドオドした感じがなくなって、私も気兼ねなく色々なことを聞けるようになった頃、私は思い切って聞いてみた。

「あの、橋口さんは私の第一印象ってどうでした?」

「あぁ……ご飯をとても綺麗に食べる人だなぁって思いました」

「ご飯を?」

「はい。あの、別に見ようとして見たわけじゃないんですけど、桜井さんが食べ終わった後のお皿がすごく綺麗で。あぁこの人は綺麗に食事をする人なんだな。素敵だなって思いました」

そんなところを見られていたなんてちょっと恥ずかしい。でも、橋口さんが私のことを気に入ってくれていたことが嬉しかった。

それから私たちは正式に恋人同士になって、そして……結婚をした。

結婚の報告をする為にclothes婚活の店舗を訪れると、桃井さんは「良かった!!」と自分のことのように喜んでくれた。

***

そしていま、私は彼のシャツの匂いをかいでいる。

出会ったばかりの頃は、優しそうな橋口さんからもちゃんと男性の匂いがするんだなと思った匂い。

その匂いは、今でも変わらない。私の大好きな匂いだ。

しかし、一緒に暮らして、同じボディソープで体を洗っているのに、なんでこんなに違う匂いがするのだろう。

私が彼と同じ匂いになることはあるのだろうか。

そんな風に幸せを噛み締めていたある日、私は彼から知らない匂いがすることに気がついてしまった。

大好きな彼の匂いに隠れて、微かに匂ってくる女性の香り。

それは、確かに、女性の香水の匂いだった。

電車かなにかでつけてきてしまったのかなと思ったのだけれど、その次の日も、また次の日も香水の香りは消えなかった。

私は仕事帰りの彼が脱いだシャツを持って、桃井さんの元へ向かった。

「あ、桜井さん! 旦那様はお元気ですか?」

「桃井さん……。ここって婚活じゃなくて、恋人同士の相性診断もできましたよね。それって夫婦でもできますか」

「え? えぇ、できますけど……」

「これ、彼のシャツと私の服です。これで相性を見てください」

「……分かりました」

桃井さんは不安そうな顔で服を受け取った。

数日後。桃井さんから連絡をもらった私は店に向かった。

「どうでしたか……?」

桃井さんはにこりと笑って言った。

「はい。桜井さんと橋口さん、相変わらず相性抜群ですよ。出会う前から変わってないです」

「嘘! そんなはずない。だって……」

取り乱して泣き出してしまった私の背中を、桃井さんは優しくさすってくれた。

「きっとなにかの間違いですよ」

桃井さんはそう言ってくれたけれど、私の心は晴れなかった。

そして最寄り駅から家に向かって歩いている時、「さおり」と後ろから声をかけられた。

仕事帰りの彼が駆け寄ってくる。

「……? どうした?」

「なんでもない」

彼が私の顔を覗き込んでくる。

涙の跡が見えやしないかと思い、顔を背ける。

それっきり、彼はなにも言わなかった。

「風呂、先に入れよ。すっきりするだろうから」

彼がそんな風に言った。

そう言うってことは、泣いていたことがバレたということだ。

「泣くと寒くなるから、泣いた後は風呂に入るといい」

それが彼の口癖だった。

熱いお湯で体を温めながら、私はもう限界だと思った。

どれだけ無様になってもいい。みっともなくてもいい。

彼に、本当のことを聞こう。

もし彼が本当に浮気をしていたら、私はどんな気持ちになるのだろうか。

体を温めてもどこかが冷えたままの私は、彼の元に戻った。

「お風呂。あいたよ」

「うん。あ、でも、その前に」

「なに」

「ん。はいこれ」

そう言って彼が私になにかを手渡す。

「本当は明日渡すつもりだったんだけど。なんか今日渡した方がいい気がしたから」

彼が差し出した小包を開くと……そこには小さな瓶が入っていた。女性物の、香水の瓶。

「メインのプレゼントは明日の食事ってことで……。そういうの買ったことないから、けっこう迷っちゃったよ。……なに。もしかして自分の誕生日忘れてた?」

そう言って彼が笑う。

私の体の、どこか冷えたままだった部分が、急速に熱を帯びてくる。

私は肩にかけたままのバスタオルを落としながら、彼に抱きついた。

「ちょ、かおり! 髪、冷たいって。早く乾かしな?」

そう言いながら彼が優しく抱きしめてくれる。

どこか不器用な彼に包まれながら、私はまた泣きながら息を吸い込む。微かに、彼の匂いがした。

(了)

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