ss【品出しの礼子さん】

大学進学と共に、私はスーパーでアルバイトを始めた。

一人暮らしの部屋から徒歩10分くらいの場所にあるスーパーで、コンビニよりスーパーの方が楽かなぁなんて思いながら始めたのだった。

女の私はレジ業務が中心かなと思っていたのだけれど、レジはベテランのパートさんが担当していて、私は品出しをすることが多かった。

そんなある日。

その日は遅番で閉店まで作業をしていたのだけれど、お店を閉める頃になっても一人のパートさんが品出しを続けていた。

「あの〜、店長。あの方誰でしたっけ」

「どの人?」

「あ、いま製菓コーナーの品出ししている人です。まだ作業しているんですけど、もう上がりですよって声かけてきましょうか?」

「あぁ! 山崎さんって見える人なの?!」

「え? 見える?」

「あの人はね、品出し担当の礼子さん。ちなみに礼子さんっていうのはあだ名ね。本当の名前は誰も知らない」

「……? それってどういう意味ですか?」

「あの人は幽霊なの。このスーパーに住み着いた、地縛霊。幽霊だから礼子(れいこ)さん」

「えぇ!?」

確かに私は、昔から”そういう人たち”が見える体質だった。

それにしてもまさか、スーパーにいる地縛霊だとは……。

「ちょうどよかった。山崎さん、もしなにか分からないことがあったら、礼子さんに聞いてよ。私も席外してること多いし」

「はぁ……」

「礼子さんは私なんかよりよっぽどベテランだからさ。あ、ただしお客さんが変に思わないように、礼子さんと話す時はこっそり話してね。よろしく」

そう言って店長は笑った。

礼子さんは気がつくといつもお店にいた。

礼子さんはいつも品出しをしていたけれど、もちろん本当に品出しをしているわけではなくて、いわゆる「フリ」という感じだ。

だけど、閉店の時に商品が減ったままになっていた棚が朝出勤すると補充されていることや、商品棚内のレイアウトがいつの間にか変わっていることなんかがあって、それは多分礼子さんの仕業なのだった。

そして、そうやって礼子さんがレイアウトを変えた場所の売り上げは決まって上がるのだと、店長は教えてくれた。

ある日、お客さんが近くにいない隙に、私は恐る恐る礼子さんに話しかけてみた。

「あの〜、礼子さん」

礼子さんは品出しをしている手を止めてこちらに振り向いてニコリと笑ってくれた。

「これって陳列棚どこでしたっけ? 調味料のところ探してもなくて……」

私がオイスターソースの箱を持ちながら礼子さんに尋ねた。

礼子さんは、スッと中華コーナーを指差す。

「あ、そうか。中華コーナーか。あ、あの、ありがとうございます」

私がお礼を言うと、礼子さんはまたニコリと笑って作業に戻った。

それから私は事あるごとに礼子さんに質問をした。

品出しする品物の場所や、効果的な陳列方法など。

礼子さんはなんでも知っていて、言葉こそ話さなかったけれど、礼子さんはいつも優しく身振り手振りで私にたくさんのことを教えてくれた。

ある日、礼子さんがわざわざ私のところまで来て手招きしてくれた。

何かなと思ってついていくと、気がつかないうちにレジが混んでしまっていた。

「山ちゃん、応援遅いよ〜」

パートさんにそう言われて「すみません!」と急いでレジのに入った私に、礼子さんはグッとガッツポーズをして励ましてくれた。

そんな風にして、頼りになる店長と優しい礼子さんの元で楽しくアルバイトを続けて数年、私もある程度ベテランと呼ばれるようになった頃のことだった。

突然、社内の配置変えで店長が別の店舗に移る事になった。

「会社員だから仕方ないやね。山崎さん、頼んだよ」

そう言って、店長は異動していった。

そして、新しく配属になった店長が、それはそれは、”嫌な奴”だったのだ。

何かにつけ前の店長がやっていた施策にケチをつけ、自分の方針に従わないアルバイトやパートさんにわざと意地悪をしたりする最低なやつ。

その店長がある日、「俺の指示とは違う陳列がされている」とわめき散らした。

従業員は誰も陳列を変えていない。おそらくそれは、礼子さんの品出しだった。

「誰が勝手に陳列を変えやがった!? 名乗り出ろよ!」

そう店長は叫んだが、もちろん誰も名乗り出ない。

私も知らんぷりを決め込もうとしたが、店長が従業員を誰彼構わず疑うようになって、それに嫌気がさした従業員の間の空気も悪くなり始めてしまった。

だから私は、店長に本当のことを教えることにしたのだ。

しかし、店長は私の話を聞くと

「幽霊の礼子さん?? ははは。もしそれが本当なら、迷惑極まりないな。この店から即刻出て行くように、あんたから言ってくれよ」

そう言い放った。

礼子さんに出て行けなんて言うのはもちろん嫌だったけど、このままではここの仕事が気に入っている私以外の従業員のみんなまで辞めさせられかねなかった。

直前まで悩みに悩みながら、それでも私は礼子さんの元へ向かった。

「あの、礼子さん。今度の店長さんが、その、陳列を勝手に変えられると困るって言うんです。あの、だから……」

私が全部言い終わるより先に、礼子さんはこちらに向かってペコリと頭を下げた。そして、品出し用のカートを引いていくと、ふわっと消えて行ってしまったのだった。

それ以後、礼子さんがこのスーパーに現れることはなくなった。

そしてそれから、店の売り上げはみるみるうちに落ちていったのだった。

あれから数年。

礼子さんにひどいことを言って傷つけてしまった私は、あの意地悪な店長を追い出すことに決めて、アルバイトとは思えない熱量で仕事をこなした。

そして、気がついたら就職活動をしないままこのスーパーの正社員となり、最終的にはあの店長を追い出すことに成功して自分が店長になってしまった。人生分からないものだ。

今では、たくさんの従業員から指示を求められたり会社から売り上げの数字を厳しく管理される店長という仕事の難しさも分かっているつもりだけれど、やっぱり前の店長のことは許す事ができない。

この店を良い店にして、いつか礼子さんが戻ってくれるといいなと思い私はがむしゃらに働いている。

*****

「店長、朝礼やりましょ!」

そんな昔のことを思い出していたら、従業員の男の子が声をかけてきた。

今日は創業祭の日だ。朝から店舗内にも少し慌ただしい雰囲気が漂っている。

私は従業員のみんなを集めて朝礼を始めた。

「今日は創業祭の日です。いつもよりたくさんのお客様の来店が予想されます。でも、皆さんいつも通りの仕事をしましょう。笑顔だけを忘れずに。今日もよろしくお願いします」

私の挨拶が終わると、従業員は持ち回りのコーナーへと散っていった。

よし、と気合を入れて私も売り場に出ようと思った時、最近入ったばかりの女の子、よっちゃんがその場に残っているのを見つけた。

「よっちゃん、どうしたの?」

私がそう声をかけると、よっちゃんはおずおずと言った。

「あの、店長。昨日やった菓子パンコーナーのエンドの陳列なんですけど……今朝見たら陳列が変わっているんです」

「えっ!? それ本当?」

「はい」

「やった!」

不思議そうな顔をしているよっちゃんと一緒に急いで菓子パンコーナーに向かうと、そこには懐かしい背中があった。

「礼子さん!」

私がそう声をかけると、礼子さんがこちらに向かってニコリと笑い、グッとガッツポーズをしたのだった。

(了)

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