ss【未来方位磁石】

一人暮らしをしているマンションの前に、変な男が座り込んでいた。

全身黒ずくめ。帽子で顔を隠していて怪しさ満点。

「おまえ、自分の方向性知りたくない?」

おまえけにこんなことを言い出したから怪しいやつ確定。

「は……?」

「おまえ、今、多分、方向性失ってるっしょ。未来はどっちだー、俺はどうしたらいいー、みたいな」

ドキリ。

実際、この男の言うことは当たっている。

俺は毎日同じことの繰り返しの日々に若干の焦りを感じていた。

二十代後半。

色々なことに勝負を仕掛ける年齢のタイムリミットが迫っているような、そんな気がしていた。

「方向性迷ってるなら、これ、やる。方位磁石。俺にはもういらないものだから」

男は懐から方位磁石を取り出した。

「なんですかこれ。いらないです」

「いいからいいから。未来が分かるやつだから。じゃね」

そう言って男は方位磁石を俺に渡して歩き去ってしまった。

怪しい男の手渡してきた方位磁石。その針の部分には「明日」と書いてあった。

普通の方位磁石が常に北を指すのに対して、怪しい男が手渡してきた方位磁石は色々な方向を指し示した。

「明日」という文字盤が表す方向は、俺の場合いつも会社だ。

「はいはい。会社に行けばいいわけね。そりゃ、会社に行かなきゃ食えないからな。面白みもない」

出社前はどこにいても会社の方を指し、退社後は家の方を指す。

怪しい男がくれた方位磁石は不思議と言えば不思議な方位磁石だった。

ある日。

その日は会社で大事な会議がある日だったのに、その日に限って方位磁石は会社とは別の方向を指し示した。

「はぁ〜!? 俺、これから出社しなきゃいけないんだけど!」

そう思いながらも、方位磁石が指し示す方向になにがあるのか気になる。それは俺の未来を変えるようなものなのではないかと思い、俺は方位磁石が指し示す方向に向かった。

会社とは真反対の方角に向かって歩く。

「どこまで行きゃいいんだよ〜」

そう一人で愚痴をこぼしていた、その時。

目の前を歩いていた老人が突然倒れた。

前のめりに倒れて……ちょっと、やばい感じ。

近くを歩いている人々は遠巻きに老人を見ている。

これ……なのか?!

「おい、じーちゃん! 大丈夫か?」

俺が声をかけると、老人は意識を失っていた。息をしていない。

「げっ!」

恐る恐る心臓に耳を当ててみると、なにも音がしなかった。

「や、や、やばい……」

俺は近くを歩いている人に「あの! AEDを探してください! 僕は救急車を呼びますから!」と声をかけた。

スマホを取り出して急いで119番にかける。

救急車を待つ間にさっき声をかけた人がAEDを持ってきてくれた。

「えーと、えーと、確か、まずはこのボタンを押して……」

ちょうど一週間前に会社でAEDの使い方講座を受けたばかりである。

俺はAEDから流れる説明を聴きながら、なんとか機械を操作した。周りにいた人たちも何人か手伝ってくれる。

「よ、よし。離れてください!」

俺はそう言ってAEDのスイッチを入れた。

電気ショックが流れる。おじいさんの心臓に脈が戻った。

「う、嘘……。やった……」

周りからは歓声が起こった。

が、それだけだった。

老人救助の為とはいえ会社に遅刻した俺は上司にちょっと怒られて普段の生活に戻っていった。

あの老人が実はどこぞの会社の社長で……みたいなパターンを予想したけれど、そもそも急いでいた俺は名乗らずに病院を後にしてしまったし、あのじいさんが何者なのかも分からない。

おそらく普通のじーさんだ。

「明日」に向かってみたけれど結局いつも通りの毎日がまたやってくるんだな。

しかし、会社から家に向かう駅の改札を通ろうとした俺は「見つけた!」という大声に引き止められた。その声の持ち主は、なんとあの老人だった。

老人は「是非に」と俺を食事に誘い、俺たちは駅近くにある飲み屋に入った。

そしてそこで俺は、老人が俺の会社が所属する業界の最大手企業のCEOであることを知るのであった。

それから俺が転職するまでの話は本当に早かった。

方位磁石の指し示す「明日」に向かってから数ヶ月で、俺は年収も大幅にアップし、なんと転職先の大手企業で彼女まで出来てしまったのである。

俺は転職先の会社で順調に仕事をこなし、社内でも信用を集め、昇進していった。

まさに順風満帆。今の俺にあるような言葉だ。

将来の不安がなにもなくなった俺は、彼女にプロポーズするためにレストランを予約した。

彼女もこのタイミングでの食事の約束に、その意味をなんとなく感じ取っているはずだ。

「お先です!」

会社での仕事をしっかりと片付け、俺はレストランに向かった。

レストランに向かうタクシーの車内で、俺は未来方位磁石を取り出した。

俺の求める明日は、この先にあるはず。

そう思って未来への確信を得ようとしたのだが、なんと方位磁石はレストランとは真逆の方向を向いていた。

「なんで……?」

もしかして、まだプロポーズは早いということだろうか。

俺は引き返すかどうか迷った。

しかし、彼女はもうレストランに着いている頃だ。

俺はそのままレストランに向かって、彼女にプロポーズをした。

プロポーズは大成功。俺たちは未来を誓い合って、幸せの絶頂にいた。

「やっぱり、間違ってなんかいなかったんだ」

そう未来への希望を感じた俺が翌日出社すると、社内は大混乱に陥っていた。

「あ、おまえ! やってくれたな!」

上司にそう言われて何のことかと尋ねると、俺が昨日取引先に送った発注書の数字が大幅に間違っていたらしい。

会社に大量に納品された商品を見て、社内は大慌てというわけだった。

俺はそこから必死に動き回ったが、その努力もむなしく会社は大量の不良在庫を抱えることになった。

社内の人間に後ろ指を刺されながら、俺はトイレに逃げ込んだ。

未来方位磁石を取り出す。

「なんだよ……これ」

方位磁石の針はぐるぐるとせわしなく回転するだけで、俺の明日はどこにも定まらなかった。

そこからは早かった。

社内で大ポカをやらかした俺は一気に社内での地位が下がり、昇進の見込みがなくなった。
それどころか窓際の部署に追いやられ、あの日AEDで助けた社長にも「私にもどうにもできん」と見放されてしまった。

そして結婚を誓い合ったはずの彼女はというと、俺の未来に投資をするつもりで結婚を決めただけらしく、まもなく俺の前から姿を消した。

そして俺は、会社を辞めた。

会社に行く必要がなくなった俺は、平日の昼間から公園のベンチでうなだれていた。

方位磁石は相変わらずぐるぐるぐるぐる、どこにも定まらず壊れたまま。

「こいつのせいだろ、全部……!」

俺が方位磁石を捨てようとしたその時。

「あ、あの、それ。それって、オーパーツじゃないですか?」

と変な女が声をかけてきた。

分厚いメガネになぜかベレー帽にオーバーオール。なんかのアニメのキャラクターのような女は、俺の方位磁石を指差しながらそう言った。

「これ、絶対オーパーツですよ!」

「オーパーツ……?」

「はい。未来の道具ってところですね。現代には存在し得ないアイテムのことです。私、オーパーツを研究しているんですよ!」

そう言った風変わりな女は、俺の方位磁石を手に取ると「あ、止まっちゃった」とつぶやいた。方位磁石は女のことを指していた。

方位磁石を研究したいという女に方位磁石を貸した縁で、俺たちは度々会うようになり、そして俺はその女と共に暮らすことになった。

女の家には数々の怪しいアイテムがあふれていて、そのどれもがオーパーツだということらしかった。

確かに、目を見張るようなアイテムもある。一人でに宙に浮く石、人の感情が分かるメガネ。
どうせやることもなかった俺は、女の研究を手伝った。決して裕福ではないけれど楽しい暮らしというやつが始まったのだ。

俺の方位磁石はというと、いつ何時でも、女の方を指していた。

風変わりでめちゃくちゃな変わり者だけれど、俺は彼女と一緒にいるとそのペースに気持ちよく巻き込まれるのだった。

そんなある日。

出かけている彼女より先にシャワーを浴びて俺は部屋着でくつろいでいた。

方位磁石を手にとって見ていると、その針がクククッと動いて、玄関のところで止まった。

「ねぇ、すんごいの見つけたよ!」

そう言いながら彼女が帰ってくる。

「今度はなに?」

「タイムジュース!」

「タイムジュース……?」

なんでも過去や未来に行くことができるジュースを見つけたらしい。

「そりゃすごい」

またいつもの風変わりな時間が始まったかと思いながら、俺が起き上がろうとしたその瞬間、

「あっ!」

と言いながら彼女がタイムジュースを俺にこぼした。

気がつくと、俺は見知らぬ町に立っていた。

いや……ここは俺が以前一人で住んでいた町だ。

とすれば……。

今の自分の格好を見てみる。

裸足。黒ずくめの部屋着。ポケットにはちょうど安い靴と帽子を買えるだけの一万円札。

そういうことか……。

俺は駅前の24時間営業のディスカウントストアで安い靴と帽子を買って、かつて住んでいたマンションに向かった。

マンションの前に座り込む。

「お別れだなぁ」

そう言いながら方位磁石を見つめていると、スーツを着た、まだ若い俺がやってきた。

「おまえ、自分の方向性知りたくない?」

俺は若い自分自身に、方位磁石を差し出した。

(了)

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