麻酔同窓会

ショートショート作品
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神崎から同窓会の手紙が届いた。

正直「あいつが?」と思った。

神崎は小学生の頃仲が良かった友達だけれど、同窓会を主催するようなタイプではない。

どちらかというと、物静かな秀才タイプというか。

そして、この同窓会の手紙がこれまた、変わっていた。

「多少の危険を伴うのを厭(いと)わなければ、ぜひ来てくれ」

という謎の注意書き。

そして場所は「神崎医院」となっていた。

病院で同窓会だって?

神崎が開業医として医者をやっていることは知っていたが、自分の病院で同窓会をやろうというのだろうか。

まぁでも、小学校の頃の友達に会うのは楽しみなので、俺は日付と時間通りに神崎医院に向かった。

時間ちょうどに来るつもりだったが、だいぶ早い時間についた。

入ろうかどうか迷ったが、早すぎたら準備の手伝いでもすればいい。

そう思って俺は、医院のチャイムを押した。

出迎えてくれたのは、なんと神崎の奥さんだった。

あいつ、結婚してたのか……。

奥さんに同窓会の手紙を渡す。

「吉田様ですね。ようこそいらっしゃいました」

どうぞ中へ、と促されて中に入る。

決して派手さはないが、儚げな美人である。

まさかあいつ、この奥さんを自慢したくてここで同窓会をすることにしたんじゃないだろうな。

そう思いながらついていくと、奥さんは俺を「実験室」と書かれた部屋に案内した。

病院に実験室……?

中には特に宴会の準備などがされているわけではなく、ベッドが並んでいるだけだった。

「あ、あの〜……神崎は?」

「神崎はすでに中で待っています」

そういうと神崎の奥さんは何やら注射針のようなものを取り出した。

「中で……?」

「はい。これから吉田様を同窓会会場へとご案内しますが、よろしいでしょうか」

「はぁ……」

「では、少しの間お眠りいただきます」

そう言いながら奥さんが俺の腕をアルコールのついた脱脂綿でこする。

「あ、あの、え?」

「やめておかれますか? 神崎も皆さまにお会いできるのを楽しみにしておりますが」

「あ……はぁ……。じゃあ……」

俺がそう言うと神崎の奥さんは俺の腕に注射針を刺した。

途端、ひどい睡魔に似た陶酔感が襲ってきて、俺は暗闇に落ちた。

気がつくと、俺は校庭に立っていた。

ここは……俺たちが通っていた小学校の校庭だ。

そしてその、校長先生が全校朝礼の時に立って話す金属の台の上に、神崎が立っていた。

「やぁ。よく来たなぁ、よっしー」

「神崎……?」

「おまえ、あんな怪しい招待状でよくやってきたなぁ。それに、眠らされると聞いてよく帰らなかったね。さすがだよ。昔から無鉄砲なところがあったからなぁ、おまえは」

「うるせぇ。っていうかなんなんだよ、これ。俺、瞬間移動でもしたわけ?」

「いいや。ここは実際の小学校じゃない。まぁ、一種の電脳世界だ。俺は脳神経を専門に研究していてね。分かりやすく言えば、よっしーに俺が作った電脳世界にダイブしてもらったのさ」

「全然わかんねぇけど」

「ははは。まぁつまり、俺たちは今記憶の中にいるのさ。俺とおまえが作り出した記憶の中の小学校に、な」

「記憶の中の学校……」

そう言われて学校の外を見ると、遠くの方がなんだか薄ぼんやりしていて頼りなげな景色になっていた。

確かに、ここが現実世界じゃないというのは本当らしい。

「ここは作られた世界ってことか?」

「そう、基礎はね。細かい部分は俺たちの記憶によって補完されている。おまえがここに来てくれたことで、より世界が鮮明になったよ。正直俺、小学校の記憶ってけっこう曖昧でさ。箱はなんとか作ったけど、中身まではちょっとね。おまえの記憶も共有してもらうことでよりこの懐かしい世界がクリアになった」

そう神崎が説明をしている時、もう一人の人間がこの世界にやってきた。

それは……サトルだった。三浦サトル。

「え、なんだこりゃ。あれ、よっしー! に、神崎じゃん」

サトルが俺たちを見て言う。

「よく来たな、サトル」

神崎が俺にしたのとまったく同じ説明をサトルにする。

なるほど、記憶を共有しているというのは本当らしい。

サトルが来たことでこの世界がよりクリアになったような気がする。

「さて、と。もう時間が過ぎたな。ははは、さすがにあんな怪しい招待状でやってきたのはおまえたちくらいのもんらしいな。それとも、注射針で眠らされそうになって帰ったか」

「ま、それが普通だろうな」

そう俺が言うと、神崎は笑った。

「さぁ同窓会を始めようじゃないか」

俺たち三人は、小学校の中に入り、色々なところを見て回った。

教室、体育館、音楽室、図工室、理科室。

そのどれもが懐かしい。自分では覚えていない部分も他の誰かが覚えているようで、鮮明に世界が再現されている。

だが、大人の俺が座ってもしっくりくる机や椅子の大きさはどうしたことだろう。

「机と椅子ってこんなにデカかったっけ? これじゃ小学生座れなくね?」

そう俺が疑問を口にすると、神崎は

「大きさも当時の俺たち目線の大きさが再現されているのさ。もちろん、本来はもっと小さいけどね」

なるほど。よくできている。

しかし誰も覚えていない場所もあって、そんな場所は白い靄がかかっていた。

「ここって何があったっけ?」

「いやぁ〜……」

「あ、ここって図書室じゃんか」

「あ、そうだ! 俺結構ここ来てたのになんで忘れてたんだろう」

神崎がそう言うと、そこに図書室が現れた。

「うわ、懐かしい! 走り回ってよく怒られたっけな」

「サトルは先生にすぐ怒られるキャラだったからなぁ」

「よっしーだってそうだろ。神崎はそんなことなかったけどな」

「俺は昔から秀才だったから」

「あ、おまえ。美人な奥さんもらったからっていい気になるなよ」
そんなたわいもない会話をしていると、神崎が「屋上へ行かないか」と誘った。

屋上からは学校外の景色がよく見える。

しかし所々やはり穴ぼこのように霧がかっている場所がある。

「あそこってなんだっけ?」

「森さんちの畑じゃん? あの子んち金持ちだったからでかい家あったっしょあそこに」

「あぁ、そうだそうだ!」

そんな会話をしてく度に、ポンポンと正しい景色が補完されていく。

屋上からの景色が全て補完される。

「あれ、でも屋上って立ち入り禁止だったよな。なんでこの景色こんなに覚えているんだろう」

「覚えてないか? 卒業式の日にさ、先生が最初で最後、思い出作りに屋上に入らせてくれたんだよ」

「あぁ、そうだったな。集合写真撮ったっけ」

「そう。それで……俺たち、約束したんだぜ」

「なにを?」

「一緒に大人になろうってな」

「そんな約束したか〜? 全然覚えてねぇ」

「そうか」

神崎はそう言うと、俺とサトルの方を向いた。

「さて……そろそろ同窓会は終わりだ」

「なんだ、もう終わりかよ」

「あまり長くこの世界にいると、おまえたちの脳が疲れてしまうからな」

「ふ〜ん。よし、じゃあ現実世界に戻ったら改めて飲もうぜ。二次会だ」

「おう、いいぜ」

神崎は一人黙って、俺たちのことを見つめている。

「どうした、神崎。なんか都合悪いか?」

「なぁ、よっしー、サトル。今日は来てくれてありがとな」

「なんだよ、改まって」

「こっちこそありがとな。楽しかったぜ」

「そうか、それは良かった」

屋上から見える遠い山に、夕日が落ちていく。

屋上全体が夕日色に輝き、なんだか視界がぼんやりとしてきた。

気がつくと、俺はベッドの上に寝ていた。

隣のベッドではサトルが横になっている。

サトルも目を覚ました。

「よぉ、よっしー」

「おう」

「ふあぁ〜、よく寝た。あれ、神崎はどこにいるんだろ」

「そう言えば……」

その時、神崎の奥さんが部屋に入ってきた。

「あ、奥さん」

「楽しんでいただけましたか」

「えぇ。それで、その、神崎は」

俺がそう言うと、神崎の奥さんは伏し目がちに言った。

「主人は、一年前に他界いたしました」

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