ss【八対二の法則】

“移植”という言葉が特別な意味を持たなくなってしばらく経つ。

医療技術とロボット工学技術の発展により、臓器や四肢などの体を司る部位の移植が容易に行われるようになり、さらに人工的な人体組織、つまり人工的な臓器や四肢などへの移植も日常的に行われるようになった。

昔は自分の顔や体の部位をいじくる「整形」という手術が存在したそうだが、今はそんなことをする必要はない。

気に入らなければそのまま”取り替えて”しまえばいいのだ。

人工物なので姿形は自由自在。

「美形」「不細工」という容姿による線引きが存在していた昔はそのことについて苦しむ人々も多かったと聞くので、世界は確実に良い方向に向かっていると言っていいだろう。

ただし、それは大人に限ってのことだ。

成人していない未成年の自由移植は禁じられている。

よほど容姿に問題がある場合は例外的に人工組織への移植が行われることもあるが、それ以外の移植は全面的に禁止。

なんでも「人道的な理由により」ということらしいが、多感な未成年にこそ自由移植が行われるべきだと思うのは俺だけだろうか。

こうした配慮が行われることになったのは、ある高名な学者による「八対二の法則」による部分が大きいとされている。

「八対二の法則」とは、移植が簡単に行われるようになった世の中で唯一”聖域”として保護されている「脳」と「心臓」との関係だ。

俺たち人間の思考は全てこの脳が司っているというのが長らくの常識であったが、その常識を崩さんと提唱されたのが「八対二の法則」であり、つまり我々人間の思考や趣味趣向などは脳以外の部分、とりわけ心臓が影響しているという法則だ。

移植技術がここまで発展するずっと前にも、この法則を裏付ける事象があったらしい。

心臓移植を受けた少年の性格が、がらりと変わってしまったり、自分では知り得ない記憶の存在に脅かされるようになったりということがあったというのだ。

そういった事象から「人間の思考の80%は脳で行われ、その以外は脳以外の組織、とりわけ心臓が行なっている」という説が導き出された。

完全に証明されたわけではない説なのに、信じている人間は多く、未成年者の自由移植が認められていないのはこの「八対二の法則」があるからだとされている。

「一週間だけ、心臓を交換しないか?」

ごく軽い調子で俺にそう持ちかけてきたのは親友のカケルだった。

カケルはバカではないし、常識もある。成績はクラスでもトップクラスだ。加えて冗談を言うタイプでもない。

「あれが本当なのか試してみたくて。だったら相手はおまえかなと思ってさ」

朗らかに笑うカケル。この辺り、俺が憧れている好奇心旺盛さ、というかぶっ飛んだ自由なところである。

正直、自分の脳に影響があるかもしれないその申し出に尻込みする気持ちもあったが、相手がカケルなのだったらいい、と思った。そして何より、その実験の相手としてカケルが俺を選んでくれたことが嬉しかった。

「手術はどうすんの」

「裏ルートってもんがあるんだよ、いつの世も」

俺が承諾すると、カケルは嬉しそうに笑った。

カケルと心臓を交換して、今日で六日。明日お互いの心臓を返還する。

「八対二の法則」が有効な説だったかどうかは……正直よく分からない。

自分の思考に影響があるかどうかはあまりよく分からないのだ。少なくとも自覚症状はない。

「元々気が合うからなぁ、俺たち」

とはカケル談。

元々気が合う者同士が心臓を取り替えても脳の思考に影響を及ぼすまでの効果はないということかもしれない。

それとも、期間が短すぎたのか。

「ま、とりあえず実験は明日で終わりな」

とカケルが言った。

翌日。

カケルとの心臓返還手術は夜に行うことになっている。

しかし、その日の朝、学校にカケルの姿はなかった。

風邪でも引いたのかと思ったのだが、午後の授業が始まる前に担任が授業前にやってきて、驚くべきことを告げた。

カケルが、事故で亡くなった。

移植手術及び人工臓器生成技術の発展により半永久的に伸びた人間が命を落とす原因は、事故。それも蘇生移植が間に合わないくらいの突発的かつ致命的な事故。

俺はすぐに教室を飛び出し、カケルが搬送された病院へ向かった。担任はなにも言わなかった。

冷たくなったカケルのそばに、カケルの両親がいた。

カケルの体は、数日後には灰になるだろう。

「その心臓は僕のなんです」

と言えば両親は心臓を”返して”くれたかもしれない。

しかし俺はそんなことは言わなかった。

「八対二の法則」が本当であってくれと願った。

俺の体の中で、カケルが生きてくれてればいいと願った。

*****

「終わりましたよ」

監修医が俺の顔を覗き込んでいる。

手術には十分もかからなかった。

「オリジナルの心臓はいかがいたしますか? 廃棄でよろしいですか?」

「いえ、保管します」

そう言って俺は心臓を受け取った。

カケルが死んでから五年後。

カケルの心臓、今は俺のものである心臓は急速に弱り始めた。

限界までカケルの心臓で生きていきたいというのが俺の願いだったが、いつ心臓が機能を停止してもおかしくないと診断されたからには、人工心臓へ移植をせざるを得なかった。

摘出した心臓を保管すると言った俺を珍しいものでも見るように監修医が見ている。

オリジナルの臓器などほぼ無価値に近いと考えられているのだから仕方がないが、俺はこの心臓だけは廃棄できない。もう動かないとしても。あるいはこれが俺の心臓だったなら、廃棄していたのかもしれないが。

カケルの心臓と過ごした数年間で、俺はやはり自分が変わったとは思えなかった。

「八対二の法則」は依然その信憑性は証明されないままだ。

だけれど、俺はやはり「八対二の法則」を信じたい。

そしてカケルの心臓が、俺の脳みそに干渉してくれていたらいいのにとすら思っている。
いや、干渉は行われたのだと確信している。

心臓を摘出してから、俺はよく夢を見るようになった。

同じ夢。

夢の中で俺とカケルが話をしている。

カケルの姿は数年前にこの世を旅立った人間のおぼろげさではなく、はっきりと感じ取れる。

この夢を見るたびに俺は、カケルの心臓から自分の脳に対して行われた干渉の痕跡を見つけ、嬉しくなるのだった。

(了)

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