ss【地下室の海】

僕の友達に”アツヤくん”という友達がいた。

アツヤくんの家はとてもお金持ちで、大きな屋敷のような家に住んでいた。

僕はよくアツヤくんの家に遊びに行って、屋敷の中で鬼ごっこをして遊んだ。

そんなある日。

その日はアツヤくんの両親は二人とも出かけていて、屋敷には僕とアツヤくんしかいなかった。

僕たちはゲームをして遊んでいたのだけれど、アツヤくんが「ねぇ、海、好き?」と聞いてきた。

「海? 夏に行く海?」

「そう」

「うん、好きだよ」

「じゃあさ、行ってみよう」

そう言ってアツヤくんが立ち上がった。

アツヤくんは僕を一階にある倉庫に連れて行った。

そこにはいくつも鍵が並んでいて、アツヤくんはそれを手に取った。

そしてそのまま僕を屋敷の地下室に連れて行った。

「ここはさ、パパがいない時は入っちゃいけないんだ」

そう言いながらアツヤくんは鍵を差し込み地下室の扉を開いた。

「わぁ……っ!」

地下室の中を見た僕は思わずそうつぶやいた。

その、ウチの寝室の二倍はありそうな地下室には”海”が広がっていた。

部屋の中ほどまで砂浜が広がっており、壁まで海が広がっていた。

言うなれば「個室に閉じ込めた海」という感じだ。

部屋には暖房がかかっているようで、常夏のビーチのような暖かさだった。

僕とアツヤくんは服を脱いで砂浜や海で遊んだ。

普段ゲームや鬼ごっこばかりして遊んでいる僕たちだったけれど、屋敷に誰もいない時は決まってこの地下室の海で遊ぶようになった。

そして、あの日。

あの日も、僕とアツヤくんは内緒で地下室の海に入り、遊んでいた。

泳ぎ疲れた僕が砂浜で寝転がっていた時。

海の方から「トプン」という音がした。

見ると、海に波紋が広がっていて、アツヤくんがいない。

「アツヤくん……?」

僕はそう呼びかけたけれど、返事はなかった。

僕は慌てて起き上がり、海にいるはずのアツヤくんを探したけれど、アツヤくんは海のどこにもいなかった。

僕はゴーグルをつけて海の中に潜った。

海は透き通っていて、どこまでも先を見通すことができた。

しかし、アツヤくんはいなかった。

僕は海を泳ぎまわり、アツヤくんを探した。

そして海から顔を出した時、そこは地下室のその”先”の海だった。

僕は広い海の浅瀬に立っていた。

目の前には果てしない海が広がっていて、後ろには砂浜が広がっている。

どこか南国のように感じたけれど、僕はその時背筋が凍ったように震え上がった。

なぜか、とても不気味だった。

なにが不気味なのか最初は分からなかったが、しばらくして分かった。

ここには、なにもいない。

およそ生命の気配と感じるものがなにもない。

海の中には海藻一つ生えていない。

何も音がしない。

生命のスープであるはずの海に生命の気配がまったくしない恐ろしさに僕は震え上がったのだ。

そして僕はアツヤくんを探すことも忘れて、今来た方向に戻るように海を泳ぎ続けた。

海から顔を出さず、ひたすらに海の中を泳ぎ続けた。

そしていつしか僕は、元いた地下室に戻っていた。

それから僕は、持参したタオルで急いで体を拭き、屋敷を飛び出した。

その時は、ただ怖かった。

勝手に地下室に入っていたことをアツヤくんの両親に知られることも、そこでアツヤくんが消えてしまったことも。

やがてアツヤくんの両親はアツヤくんの捜索願いを出したようだが、アツヤくんは見つからなかった。

そして僕はアツヤくんの両親に本当のことを言えずに、そのまま大人になってしまったのだ。

あの、生命の気配がまったくしなかった海。

あの、この世のものとは思えない世界が、現実の海とどこかでつながっているとしたら。

あの日、あの地下室の海で姿を消したアツヤくんに、いつか足を掴まれるんじゃないか。

そんなことを考えてしまうと、僕はもう海に入ることができないのである。

(了)

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