ss【地球の毒】

「人類の睡眠時間が長くなり始めたのは、つい五十年ほど前からである。

最初は軽微な増加に過ぎなかった。

人類の平均睡眠時間が”6時間以上7時間未満”から”6時間半以上7時間半未満”になった程度のことである。

それは非常に小さな伸び率だったのであまり重大に捉えられることはなかったが、十年、二十年と経つと、人間は一日十二時間以上眠るようになっていった。

睡眠時間が伸びたことについて、”むしろ生産性が上がり寿命が伸びた”と喜ばしいこととして捉える向きもあったが、その時に異常に気がつくべきだったのだ。

気がつくと人間は平均的に二十時間眠るようになっていた。

二十四時間中、二十時間。

一日のうち四時間しか起きていない。

人間の生産力は当然下がっていったが、その分眠っていて消費するエネルギーも減っているのでなんとか存続は可能だった。

しかし人類はもっと根本的な問題に直面する。

世界中で進む大規模な少子化。人口の著しい減少。

研究者たちはまさに悪魔となった睡魔に対抗する手段を研究したが、強制的に意識を覚醒させる手段へ到達する前に、人類は一日のほとんどを眠って過ごすようになった。

しかし私はこの密閉された研究所でなんとか研究を続け、ついに睡魔の元凶を突き止めた。

それは、植物の”花粉”だった。

地球上に、ちょうど人類の平均睡眠時間が伸びた頃から群生し始めた新種の植物。

その植物の花粉に、人類に対して強烈な睡魔をもたらす成分が含まれていることが、私の研究で明らかになった。

人類は気がつかない間に新種の”花粉症”にかかり、今や眠っているばかりの生き物に変貌してしまった。

私はその原因に気がついてから研究所を完全に密閉して、その花粉が入り込まないような処置を施した。

念の為ガスマスクをして生活をしている。

しかし私にとって誤算だったのは、この花粉が生物や植物に取り込まれてからもその睡魔を促す効力を失わないということだ。

つまり私は、研究所外で狩猟ロボットが採取した食物を口にする度に花粉の毒に犯されていたということである。

人類を救うには、この研究所を飛び出して、あの植物を排除する必要がある。

しかし私以外に今でも”起きている”ことができている人間はそう多くないだろう。

電波通信などのあらゆる通信方法はとうに機能を停止している。

それらの送受信を取り仕切る人類が一日眠っているのだから当たり前だ。

私は私の研究成果を、このようなロストテクノロジーである紙に書き起こしておくことしかできない。

人類の滅亡は近いだろう。

ここからは所感に過ぎないが、もしかしてこの植物のこの”花粉”は植物が進化の過程で自ら撒くようになったのではなく、もっと巨大な意志のもとに花粉を撒き続けるようになったのではないか。

つまりそれは、地球の意志によって。

地球にとって癌のような存在になった人類を滅亡させる為に地球が散布した緩やかな毒。

それがあの植物の花粉であるように、私には思えてならない。

まぶたが落ちる。

次に眠りに落ちてしまったら、もう起き上がれるかどうか分からない。

願わくば、この私の手記を誰かが読み、そして人類を救ってくれますように。

私が研究者として願った、人類の救さ———ーーー–…………」

(了)

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