ss【激安物件には訳がある】

東京都内で1K1万5,000円。

安すぎるその家賃に家族や友達は「絶対になにかある」と入居を止めたが、入居から一週間、今のところ何もない。

今日も残業で遅くなった俺は一人この部屋に帰ってきた。

もし仮にここに何かよからぬものがいるとしても、霊障の類には今までお目にかかったことがないし、この部屋に帰ってきてもすぐに寝るだけだ。

何も問題ない。

そう思いながら俺はすぐにベッドに潜り込んだ。

明日も早い。

翌日。

いつもの時間に目を覚まし体を起こそうとしたところ、なんだか重りをつけられたように体が重い。

風邪でもひいたのだろうか。

俺は重い体を引きずるようにして身支度をした。

風邪だろうとなんだろうと、今日は休めない。

朝食もろくに摂らずに部屋を出ると、先ほどまでの不調が嘘のように体が軽くなった。

不思議に思ったが、俺はそのまま会社に向けて出発した。

その日の夜中のことだった。

俺がベッドで眠っていると、突然部屋全体がガタガタガタと揺れた。

「な、なんだ!?」

目を覚ました俺がベッドを抜け出そうとした瞬間、今度は部屋全体がバネのように跳ねた。

「うわああああ!」

寝巻きのまま部屋を飛び出した俺は、スマホで地震速報を確認した。

しかしどこにも地震の情報は出ていない。

今のはなんだったのだろうか……。

俺は恐る恐る部屋に戻った。

なんだかまだ部屋が揺れているような気がするが、俺はベッドに入って強引に眠りについた。

翌日。

会社から帰ってきた俺は部屋全体が妙に暑いことに気がついた。

しまったエアコンを消し忘れた、と思ったが確認してみるとエアコンはついていない。

おかしい。

今は2月だ。

にも関わらず部屋の中は真夏並みの気温になっている。

俺はたまらず窓を開けて外の冷気を部屋に取り込んだが、一向に部屋の気温は下がらない。

それどころかもっともっと暑くなってきた。

どこかの部屋の熱気がここに入り込んでいるのだろうか?

俺は不動産屋に電話をかけた。

「部屋の様子がおかしいんだけど」

「おかしい、とおっしゃいますと?」

「なんか部屋の中の気温がおかしいんだ! 2月なのに40度くらいになってる。何か設備が壊れてるんじゃないの?」

俺がそういうと、不動産屋は「あ〜〜〜」と間延びした声を出した。

そして、おかしなことを言い出した。

「風邪ひいちゃったんですよ、その部屋」

「は……?」

「暑くなる前に、なんか部屋の空気が重くなりませんでしたか? あるいはガタガタ震えたり」

「! あったあった!」

「やっぱり。風邪の倦怠感ですね。で、悪寒で震えてたんですよ。咳とかで部屋全体が跳ねたり、ね。すぐ連絡をくだされば悪化しなかったのに。もう熱出ちゃってるんですよね?」

「熱って……」

「とりあえず医者を手配するので、待っていてください」

「医者……?」

なんだかよく分からないが、業者がやってくるらしい。

業者はすぐにやってきた。

「早く直してよ!」

業者は初老の男で、医者が着るような白衣を着ていた。

「はいはい。診てみましょうね。どっこらせ」

そう言って初老の男は手持ちの荷物から聴診器のようなものを取り出し、部屋の床や壁に当て始めた。

「な、何やってんの……?」

「ふーむふむ。こりゃまぁ、ただの風邪ですな。部屋を弱らせたでしょう、あなた」

「はぁ? 何もしてないよ」

「部屋はね、ちゃんと使わないと弱るんですよ。よく言うでしょ、人が住まない家は傷みやすいって」

初老の男は「ほら」と言いながら台所のシンクを指出さした。

「まったく汚れてない。全然使ってないでしょう。部屋はね、使わないと弱るの。それで風邪をひくの。今度から気をつけて」

医者はそう言うと薬のようなものをトイレや台所の排水溝に流し始めた。

「はい、これであとは栄養をやれば大丈夫。熱もしばらく経てば引きますよ」

「栄養って……」

「窓をちゃんと開けて換気をしてあげてください。あなたろくに換気もしてなかったでしょ。それで、ちゃんと台所やお風呂とかも使ってあげて。部屋は使われるのが栄養ですから」

そう言うと初老の男は部屋を出ていった。

俺はそれから男の言う通りにキッチンで慣れない料理を作り、風呂も掃除をしてから入った。

すると、薬が効いたのか”栄養”がよかったのか、次第に部屋は元気を取り戻し、熱も下がって今まで通り使えるようになった。

妙な部屋で正直参ったが、家賃1万5,000円は魅力的だし、俺はこの部屋に住み続けることにした。

風邪をひかれては困るが、普通に使っていれば部屋は元気なようで、特に不都合はないのだ。

そんなある日。

その日俺は会社の飲み会に参加していた。

三次会だったか四次会だったのかはっきりしないが、とにかく俺は一つ先輩の女子社員と二人で飲みにいく事となり、終電を逃した彼女を連れて部屋に戻ってきた。

俺は以前から彼女のことが気になっており、そして恐らく彼女も俺のことを意識しているのだろうと思っていた。

だから、彼女が「君の部屋行く」と言った時、俺は今夜が勝負の夜になるだろうと確信したのである。

幸い、最近部屋を大切に扱っているので、彼女を連れて行っても恥ずかしくない状態になっている。

「どうぞ」

俺は飲んだ酒がすっかり抜けきった状態で彼女を招き入れた。

「へぇ。意外に綺麗にしてるね。もしかして今日私を連れ込むつもりだった?」

彼女がそんな思わせぶりなことを言って笑う。

「違いますよ。飲みますか?」

「いや、お酒はもういい」

「そうですか」

「……」

部屋の中で俺は彼女と見つめ合った。

少し迷ってから……電気を消す。

彼女に向かって手を伸ばそうと思った、その時。

部屋全体が大きく震えた。

「きゃっ」

彼女が悲鳴をあげる。

「なに、今の……?」

「さぁ……」

俺がそう答えると、今度は部屋全体がドクンドクンと波打ち始めた。

「キャアッ!」

倒れそうになった彼女を支える。

「大丈夫ですか!?」

「うん。でも、何なの、これ……?」

「いや、俺もよく分かんないんですけど、この部屋、なんだか時々おかしくて……」

「えっ……?」

結局いくら待っても部屋は元に戻ることはなく、俺は彼女を駅近くのホテルまで送り、すぐに不動産屋に電話をかけた。

「どうしました、こんな夜中に……」

「どうしました、じゃない! また部屋の様子が変だぞ!」

「えっ……? また風邪ですか?」

「分からないよ! とにかく医者を呼んでくれ!」

「はぁ、分かりました……」

医者が来たのはたっぷり2時間は経った頃だった。

ちくしょう、今夜は大事な夜になるはずだったのに……。

やってきた医者はこの前と同じ初老の男で、男は部屋に入るなりまた聴診器を部屋の壁や床に当て始めた。

「う〜ん……」

しばらく首をひねった男は、突然合点がいったようにこう言った。

「これは、恋煩いですな」

俺はその部屋を引っ越すことに決めた。

(了)

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