キードクター

ショートショート作品
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私は鍵の医者「キードクター」と呼ばれている。

キーのドクターと言っても、鍵を直すのではない。

鍵”で”人間を治すのだ。

人間のバラバラになってしまった心、思い出、意志などを鍵を差し込んで治療する。

そもそも鍵でどうして扉が開くのかを理解していない人も多いが、鍵はつまるところ、鍵を鍵穴に差し込み中にあるピンの高さを揃え、それを回すことで扉が開く仕組みになっている。

鍵を差し込み正常な位置、本来あるべき位置にピンを揃えることで扉が開く。この仕組みを人間に応用するというわけだ。

私の治療は患者の話を聞くことから始まる。

患者の話を聞き、患者の心の中で歪み、バラバラになっているのはどこかを探る。

そして患者を帰したあと鍵の調整に入る。

鍵は最初ただの金属の棒なのだが、患者のヒアリングを通して形を整えていくことで患者の体に少しずつ深く差し込めるようになってくる。

そして最後まで鍵を差し込んだ後に鍵を回す事で患者のバラバラだった心の扉は開かれ、患者は皆「生まれ変わったようです」と私に感謝するのだ。

私はこの仕事を気に入っていたが、たまに妙な患者もやってくる。

その患者は初診の時、いきなり私にこう言った。

「先生、僕に鍵を差し込んでください」

「いや申し訳ないけどね、鍵はすぐには作れないんだよ。ゆっくり、作っていこう」

「そうですか……」

その患者を診察するうちに私は彼の鍵を作ることが恐ろしくなってきた。

彼の話では、彼は凄惨な過去を持っており、家族全員を殺人犯により殺されていた。

そんな過去を持ちながら、彼は私の診察の時に過去の話を笑顔で話すのだ。

家族全員を殺されるというあまりにひどい出来事が彼の心をバラバラにしてしまったのだろうか。

私は、彼に鍵を差し込んでいいのか迷った。

幾度もの診断を経て彼の鍵は完成した。

「こちらがあなたの鍵です」

「おぉ……!」

私が鍵を見せると彼は感嘆の声をあげた。

「本当によろしいのですね?」

私がそう尋ねると、彼は

「もちろん! お願いします」

と笑顔で言った。

彼の胸の部分に鍵を押し当てる。

深呼吸をしてから鍵を押すと、鍵がゆっくりと彼の中に入っていった。

鍵がまだ半分も入りきらないうちに、いつも笑顔を絶やさなかった彼の目から涙がこぼれ落ちた。

「……父さん……」

彼は私が鍵を押し込むごとに家族の名前を一人一人呼んだ。

鍵を差し込むことで家族との思い出が彼の心の中で元の場所に戻っていく。

体全体を震わせて泣き続ける彼に対して、私はこのまま鍵を全部差し込んでいいのか迷った。鍵が差し込れるごとに彼の悲しみは大きくなっていく。

そして、鍵を最後まで差し込んだ時、彼の泣き声がふいに止まった。彼の中でバラバラになっていた心が今、元の位置に戻ったのだ。

彼は私を静かに見つめ、「ありがとうございます。私がするべきことが分かりましたよ」と言った。

そして、鍵を回そうとする私を手で制し、

「もう結構です。私はもっと早くこうすべきだった。覚悟は決まりました。私もみんなのところに行きます」

と言った。

「違うでしょう」

私はそう言って、彼の中に完全に入り込んだ鍵を回した。

確かな手応えがあり、彼の中で扉が開かれた。

彼は元の笑顔に戻った。

「腕がいいですね。素晴らしいお医者さんだ」

そう言って、彼は病院を去っていった。

翌日、朝のニュースで、私は彼の家族を殺した犯人が出頭した事を知った。

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