小狐裕介の毎日SS

アドバルーンマン

 私の村にはアドバルーンマンがいる。

 アドバルーンとは大きな風船に広告の垂れ幕をくくりつけて飛ばす広告形態のことでその昔は都市部でも見られたそうだが、最近では高い建物が多くなって広告効果が薄れたのでほとんど見られなくなったそうだ。

 アドバルーンマンとはアドバルーンをつけて村を練り歩く人のことである。

 アドバルーンマンの上げるアドバルーンには村で起きたニュースがくくりつけられている。

「木いちご、食べ頃」

「田中家の迷い猫、見つかる」

などなど。

 そんな調子で村にあったことをアドバルーンで知らせるのがアドバルーンマンであった。

 私はアドバルーンマンが好きだった。

 理由はいくつかあるけれど、その一つはアドバルーンマンの上げるニュースがいいニュースばかりだったからである。

 気分が暗くなるニュースや人を傷つけるようなニュースは決してあげなかった。

 そして私がアドバルーンマンが好きだったもう一つの理由はアドバルーンマンが犬を連れていたからだ。

 私はアドバルーンマンのアドバルーンを見かけるといつもアドバルーンマンのところに走った。

 アドバルーンマンはその体にアドバルーンをくくりつけてゆっくり歩いていた。

 アドバルーンマンは私が話しかけてもにっこり笑うだけで言葉は話さなかった。もしかしてしゃべれないかもな、と思っていた。

 だから私はもっぱら、アドバルーンマンといつも一緒にいる犬のタロー、もちろん名前を聞いたわけではないので私が勝手につけた名前だけど、そんなタローに話しかけて、その体を撫でた。

 アドバルーンマンは私がタローと遊んでいると歩かずにその場で待っていてくれた。
 

 そんな私もそれなりに大きくなり、村を離れて暮らすようになった。

 都会での生活に慣れても、たまにアドバルーンマンとタローに会いたくなった。

 私がお盆や年末に村に帰るとアドバルーンマンは「村一番のオテンバ娘、帰る」というアドバルーンを上げてくれた。

 私の村は普通の村で、思えばアドバルーンマンだけがちょっと変わっている、そんな村だった。

 だから、お母さんからアドバルーンマンが亡くなったと連絡を受けた時は本当に驚いたし、村の大事な何かが失われてしまったような気がして悲しかった。

 私は村に帰ってアドバルーンマンの葬儀に参加した。

 それで初めて分かったのだが、アドバルーンマンは酒屋さんだった。いつもは普通に働いていて、時たまアドバルーンマンとしてアドバルーンを上げていたそうだ。

 なぜそんなことをしていたのか、その理由は分からない。

 葬儀場にはアドバルーンが上がっていたが、そこから吊り下がっている垂れ幕には何も書かれていなかった。

 私がアドバルーンマンの葬儀に参加した、一週間後のことである。

 お母さんから連絡が入った。

 なんとアドバルーンマンが復活したというのだ。

「どういうこと?」

と私が聞くとお母さんが「私もビックリしちゃってね」と話を続けた。

 ある日、洗濯物を干そうとベランダに出たお母さんは遠くで上がっているアドバルーンを発見したらしい。

 驚いてアドバルーンの元まで駆けつけてみると、なんと犬のタローがアドバルーンをつけていたそうだ。

 アドバルーンから吊り下がった垂れ幕には「夏祭りまで三日」と書かれていたそうだ。

 アドバルーンをつけたタローは、どこか誇らしげだったとお母さんは笑った。

 しかし一体誰がタローにアドバルーンをつけたのか。

 それは誰にも分からないそうだ。