隣町に、ある展望台がある。
女の子と二人、夜にその展望台に登って一緒に夜景を見るとその子との間に運命の糸が見えるらしい。
もちろん、そんなものがあるとすれば、だが。
僕は八月が始まったばかりの夏休みの夜に、思い切って美希をその展望台に誘った。
「隣町の展望台に行ってみない」
突然の誘いにも関わらず、彼女は「いいよ」と返事をくれた。
集合は展望台の下にした。
地元から一緒に移動すると誰かに見つかるかもしれないからだ。
「涼くーん」
美希が走りながらやってくる。
夜になっても暑い頃なのにTシャツにパーカー、ジーンズという姿で現れた美希は、暑そうにパタパタと手で顔を仰いでいる。
きっとパーカーをおばさんに持たされたのだろう。美希のお母さんは昔から心配性だ。
こんな時間に外出を許してくれたのは、きっと一緒にいるのが僕だからだろうと、おばさんの顔を思い浮かべながら思った。
「それ暑くね。持ってやるよ」
「いいよいいよー」
「ぜってー暑いって。ほら」
僕が促すと、美希は「ありがとう」と言いながらパーカーを脱いで僕に渡した。
美希と二人、展望台への坂を登る。
二人とも黙って歩いていると、僕は急にある考えに思い至った。
美希はこの展望台の噂を知っているのだろうか?
知っているとしたら、相当恥ずかしい。
それと関係しているのかいないのか、先ほどからなんだか美希が無口だ。学校じゃうるさいくらいなのに。
あまりそばを歩いてもくれない。
別にいつも近いわけじゃない。
でも、なんか、美希が遠かった。
そんなことをごちゃごちゃ考えていると、展望台についた。
「わー、綺麗だね!」
美希がいつもと変わらない調子でそう言ってくれたのでほっとする。
「おう」
なんて答えながら、僕も夜景を眺めた。
先ほどから、坂を登ってきたからという理由だけで済ませるには大袈裟なほどに心臓が高鳴っている。
展望台の上には涼しい風が吹いていた。
僕は美希にパーカーを返した方がいいだろうかと考えながら、そっと僕と美希の間を盗み見た。
そこに運命の糸はなかった。
噂が嘘だったのか、それとも。
高なった分だけ重い失意が、僕の胸に広がっていく。
放っておいたら涙まで出そうだ。
そんな、きっと情けない顔をしたまま美希の横顔を見た。
夜景の薄い光量に照らされた美希の横顔に、僕はあるものを見つけた。
口から出た透明な糸。そのか細い糸は風を受けてひらひらと瞬いている。
こちらに気づいた美希が「あっ!」という顔をする。
美希が大袈裟に後退りながら言った。
「涼くん、急に誘うから、お腹減ったらあれかなってそれで、でも、あまり食べちゃ夕ご飯が入らなくなるかなって納豆を食べてきたの。歯は磨いてきたんだけど、あの、ご、ごめん!」
僕は美希のめちゃくちゃな言い訳を聞きながら全身から力が抜けていくのを感じた。
美希が納豆好きなのは小学校の頃から変わらない。給食のトレイに載ったカップ型の納豆を嬉しそうにかき混ぜる彼女のことを僕はその頃から好きだった。
なるほど、それであまり口をきいてくれなかったのか。
夜景にも分かるくらい真っ赤になった美希の顔を見ながら、僕は笑った。
パーカーを差し出しながら言う。
「これ着る? 寒くない」
「うん、大丈夫。ありがとう。私持つよ」
「いいよ」
そんな短い言葉を交わし合って、僕らは二人並んで夜景を見る。
運命の糸が見えないのならば自力でたぐりよせればいい。
僕は彼女の瞬く糸を見ながらそう決意した。
夏はまだ長い。