小狐裕介の毎日SS

影追いのレンズ

 店内に入ると、きちんとした身なりをした女性が「いらっしゃいませ」と私を迎えてくれた。

「本日はどのような商品をお探しでしょうか」

「コンタクトレンズをお願いしたいんです。彼が……亡くなりまして」

 ここは「影追いレンズ」というコンタクトレンズを作ってくれるお店である。

 亡くなった恋人や家族、ペットなどの写真や映像を持っていくと、その面影をコンタクトレンズに焼き付けてくれる。

 そのコンタクトレンズをつけることで、ふとした日常の中でその人やペットの姿を視界の隅に見ることができるというのだ。

 
「かしこまりました、コンタクトレンズですね」

 微笑んだ女性に、私は彼の写真や動画のデータを預けた。

 数日後、私はお店で出来上がった影追いレンズを受け取った。

 私はすぐにそのコンタクトレンズをつけて色々な場所へ向かった。

 彼との思い出の場所へ。

 ここでよく待ち合わせをした。ここでよくデートをした。

 そんな風に彼との思い出が詰まった場所をめぐる。

 遊園地にやってきた私はレンズを通して、ジェットコースターに乗る彼の姿を見た。

 高い所が苦手な私を置いて、彼は一人でジェットコースターや観覧車に乗っていたっけ。

 彼が住んでいた部屋の前までやってくる。

 恥ずかしいけれど外から彼の名前を呼んだらカーテンを開けて彼が顔を出してくれたことがあったな。
 

 ある日、私は喫茶店に入った。

 ここは彼とのデートでよく入った喫茶店である。

 作ってもらったコンタクトレンズは残りわずかだった。 

 このまま彼のことはもう……忘れなければ。

 そう思うけれど、視界の隅に映る彼の姿が涙でにじむ。

 いつも彼が座っていた席。

 その席に今も彼がいる。

 流れる涙でレンズがずれてしまった。

 待って、ダメ。まだ彼の姿を見ていたいの。

 私が慌ててコンタクトレンズをつけ直そうとしていたその時、視界の隅にしか映らないはずの彼が目の前に立っていた。

「いいかげんにしろよ! ……俺、結婚するんだよ。もう付きまとわないでくれ」

 彼はそれだけ言うと喫茶店から出ていった。

 私はまたあのお店にやってきた。

「いらっしゃいませ」

 あの時と同じ女性が私を迎えてくれる。

「今日はどのようなご用件でしょうか」

「彼の写真や動画がまた見つかりまして。追加でレンズを作っていただきたいんです」

 女性は私の差し出したUSBメモリを受け取った。

 データを確認した女性がなぜか顔をしかめる。

「お客様。……失礼ですが、こちらのお写真や動画のデータは最近の物のようですが……」

「あら、そうですか。データの不具合かもしれませんわね。とにかくそれで、レンズの作成をお願いします」

 私は女性に向かってそう笑いかけた。