小狐裕介の毎日SS

エアドクター

 彩花は今、婚活の一環で一人の男性と向き合って食事をしている。

 二人の会話は弾んでいるようだ。

 そんな二人の横に医師が一人立っていて、忙しく手を動かしている。

 彼は「エアドクター」と呼ばれる医者である。

 空気専門の医者だ。

 食事をしている二人の空気がこんがらがったり冷めそうになると、施術でそれをもとに戻すのである。

 今ではポピュラーな存在だ。

 こういった場以外に、ビジネスの会議などにも参加することがあるという。

 後日、彩花はエアドクターからカルテを受け取った。

 そこには『話題の解きほぐし×5回』『冷めた会話に対する増強剤投与×2回』などと書かれている。

 これらの記述が少なければ少ないほど、二人は自然な会話ができたということになる。

 彩花は長いカルテを見てため息をついた。

 後日、彩花は別の男性と食事をしていた。

 今日もエアドクターが横に控えている。

 しかし医者は、ずっと手を動かさなかった。

 後日彩花が受け取ったカルテも白紙であった。

 彩花はその男性との結婚を決めた。

 結婚から一年後。

 彩花は夫と二人で朝食を食べていた。

「美味しいね」

「そうでしょ、新しいレシピ本の料理なんだ」

「あなたが料理好きだから助かる」

「彩花がたくさん食べてくれるから作りがいがあるよ」

 テーブルで向かい合って仲睦まじく話す二人。

 その部屋の片隅で、かかりつけ医として常駐しているエアドクターが、せわしなく手を動かしていた。