宝石店で指輪を見せてもらっていると、なんだか不思議な宝石があることに気がついた。
ダイヤモンドに似ているが、書いてある名前が違う。
「これはなんですか?」
僕がそう聞くと、店員さんは一瞬「しまった」という顔をしてから、僕に言った。
「そちらはお客様には必要のないものだと思います。すぐにしまいますので」
店員さんはそう言って宝石をしまおうとした。
しかし僕はなんだかその宝石が気になったので「どういうものなんです?」と聞いた。
店員さんは「お気を悪くされたら申し訳ありません」と言いながらその宝石について説明をした。
「これは”peeping jewel”というものでいわゆる”覗きジュエル”と呼ばれるものでございます」
「覗きジュエル?」
「はい。この宝石には不思議な力がありまして、この宝石は砕いても宝石同士が繋がりを保つ性質があるのです。その性質を利用して、この宝石のかけらを覗きたい相手に贈ることでその相手の生活を覗くことができるのです」
「宝石のかけらで、覗く……?」
「はい。砕いた宝石の片割れを覗くことで、もう一方の宝石から見える光景を盗み見ることができるのです」
「へぇ……」
なんとも不思議な宝石だ。
だけど、こんなものどう使うというのだろう。
僕は疑問をそのまま口に出した。
「でも、こんなものあってもあまり意味ないですよね? 例えば誰かの生活を覗きたいって思っても、宝石なんて普通贈らないし。贈られた方も受け取らないだろうし」
僕がそう言うと、店員さんは微笑みながら言った。
「お客様は純粋でいらっしゃるので使用法を思いつかないのも無理ないと思います」
「……と、おっしゃいますと?」
「この宝石の用途で一番多いのは、今お客様がお探しになっている結婚指輪としての利用です。つまり、この宝石を使って作った結婚指輪をお相手に身につけていただくことで、いつでもお相手を監視できるという、そういうことでございます」
店員さんの話を聞いて、僕は愕然とした。
そんな、相手を監視するような真似、しようとする人間がいるのか。
僕が信じられないという顔をすると、店員さんはその宝石を下げて「大変失礼いたしました。指輪選びに戻りましょう」と笑顔で言った。
当時はそんな風に思ったのだが、まさか自分がこの宝石を使う日が来るとは。
結婚して十年経った今、僕は妻の浮気を疑っている。
いや、疑っているのではない。
これはもはや確信だ。
僕は結婚指輪を作ったあの店で覗きジュエルを使った指輪を作った。
妻用の指輪に宝石を砕いたかけらを埋め込み、僕は覗き用の宝石を受け取った。
試しに宝石を覗いてみると、指輪からの景色がくっきりと見える。
家に帰って、僕はさっそく妻に指輪をプレゼントした。
「結婚した時はあまり大きなものを買ってあげられなかったからさ」
そんな風に言いながら指輪を差し出すと、妻は喜んだ。
「ありがとう」
そう言って笑いながら指輪を左手の薬指にはめる妻。
妻の笑顔を、もう愛らしいとは感じなかった。
そして。
僕は出張に行くと偽って、家を空けた。
外出先のホテルで宝石を取り出す。
この宝石を覗いたら自分はどれくらい傷つくのだろうか。
まぁそんなこと考えても仕方ないか。
僕は意を決して宝石を覗いた。
そのあまりにもむなしい結果に、僕は乾いた笑いをもらした。
そうか。僕がバカだった。
何度その宝石を覗いてみても、見えるのは暗闇だけだった。
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