入湯権利

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 僕は緊張しながら湯に足をつけた。

 ここは知る人ぞ知る秘湯で、入湯するにはきちんと作法を守らなければいけない。

 湯に入る前に体を洗うなんて当たり前、それ以外にも無数に作法が存在する。

 それらの作法を守らないと、最悪の場合、命を落とす。

 なにしろ、この温泉は、湯に入る人間の態度によって温度を変えるのだ。

 失礼な客に対しては激昂し、水温が急上昇するのだ。

 だからきちんと作法を学んでからでないと、入湯許可が降りないのである。

 僕も二週間ほど教室に通い、ようやく入湯を許されたというわけだ。

 慎重に湯に腰を沈める。

 あぁ……これは予想以上だ。

 体中に染み渡るような心地よい湯の温度。

 僕は至高の湯を心ゆくまで楽しんだ。

 といっても、一回に入っていい時間が限られているので、ギリギリの時間まで、という意味だが。

 温泉から上がったあと、僕はふと気になったことを温泉の管理者に聞いてみた。

「怒らせるようなことをするとお湯の温度が上がってしまうのはわかるんですけど、冷めてしまうことはないんですか?」

 気難しい温泉なら、冷めた態度になってしまってもおかしくない。

 すると管理者の方はこう答えた。

「もちろん、そういうこともあります。ですから……あ、始まりましたね」

 管理者の方が言葉を止めて耳に手を当てる。

 僕も同じようにしてみた。

 すると、遠くから「いいよ! 今日もいいお湯の艶だなぁ! 最高の温泉だよ!」と温泉を褒め称える声が……。

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