私は慎重に言葉を選び、お年を召した婦人に対して「申し上げにくいのですが……」と切り出した。
「どこか悪いのでしょうか」
婦人が不安そうな顔でこちらを伺う。
それはそうだろう。
だが、私はそんな婦人の不安をまず和らげる為に続けた。
「いえ、そうではないのです。実はレントゲンの調子が少し悪いようでして……」
私は婦人にそう説明した。
そう、先程撮った婦人の胸部レントゲン写真には不可解なものが写っていたのである。
何度撮っても、それは同じだった。
正直に言えばそれは機器の故障ではない。
しかしそれをそのまま婦人に告げるわけにもいかない。
私の言葉を聞いた婦人は、困惑するかと思いきや、落胆した様子で言った。
「こちらもですか……」
意外な婦人の反応に、私は思わず「え、こちらも、とおっしゃいますと……?」と聞いた。
「いえ、なんでもないんです。お世話様でした」
婦人がそう言って荷物を持って立ち去ろうとする。
「あ、ま、待って! あの、よろしければお話を伺っても?」
「……さっき撮ったレントゲン写真に、人が写っていたんでしょう?」
私はその答えに驚いた。
まさにそのとおりだったのである。
婦人のレントゲンには、婦人の肺がほとんど写っていなかった。
その代わり、肺を隠してしまうように、人の影が写っていたのである。
私が先程の写真について、どのようなものが撮れたのか詳しく説明すると、婦人はふっと笑い声を漏らした。
「実は……先日主人が亡くなりまして。それは多分主人だと思います」
「えぇ!?」
「その……お恥ずかしい話ですが、主人は私の胸を隠しているのかもしれません。そんなもの、写るわけないのに。なんと言いますか、その、機械に弱い人でしたから……」
婦人は真っ赤になってそう言った。
私は看護師と顔を見合わせてから、思わず大声で笑ってしまった。
「お恥ずかしいです。すみません」
婦人が赤い顔でこちらに頭を下げる。
「そんな、とんでもないです。あの、そういうことでしたら、ご主人を説得していただけませんか。それからもう一回撮りましょう」
私がそう言うと、婦人はほっとしたような表情でうなずいた。
それからもう一度撮影室に入っていった。
すると撮影室から婦人がご主人を叱りつける声が聞こえてきた。
私は笑いをこらえながら婦人による説得が終わるのを待った。
やがて婦人が「大丈夫だと思います」と言ったので、検査着を着てもらい再び撮影した。
私はその時、ふともう一つの可能性に思い至り、笑うのをやめた。
もしやご主人は婦人に隠された疾患を隠すために撮影の邪魔をしたのではないか。
そんな不安を抱きつつ、撮影を行った。
撮影結果を確認した私はほっと胸をなでおろした。
婦人の体には特に異常は見当たらなかったのである。
婦人に再度診察室に来てもらって、撮影結果の説明を行う。
私はその説明中、笑いを堪えなければならなかったし、婦人もずっと真っ赤だった。
なぜなら、婦人の胸部写真のすぐ後ろで、「なにかおかしなことをしたらただじゃおかないぞ」とでも言うように、まるで任侠映画の悪役のような顔をしてこちらを睨むご主人が写っていたからである。
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