世迷い村

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 私は昔のことを思い出した。

 あれは本当に不思議な体験だった。

 その頃、営業マンをしていた私は地方の営業先を回った帰りだった。

 へとへとになり、本当にこんな仕事を続けていていいのかなぁと悩んでいた。

 ため息をつきながらとぼとぼ歩いていると、突然「よぉ、兄ちゃん。どうしたんだい」と見知らぬ男性に話しかけられた。

 気がつくと、知らない場所に立っている。

 あれ、ここはどこだろう……。

「なんだか死にそうな顔してるな。心中じゃねーだろうな」

「あ、いえ、そんな……」

「まぁ、ここ座んなよ」

 見知らぬ男性は大きめの石に座って、横に座れ、と言う。

 歩き疲れていた私はおとなしく隣に座った。

「ふぅ……」

「ほら、これでも飲め」

 男性は私に水筒の水を飲ませてくれた。

 冷えていて美味しい。

「なんでそんな死にそうな顔してんだ?」

「あぁ、いや、仕事が大変で……」

「そうか。じゃあ、温泉入ってけよ」

「温泉?」

「温泉入ればすっきりするだろ」

「この辺に温泉があるんですか?」

「おおよ」

 男性は私を近くにある温泉に案内してくれた。

 男性と一緒に温泉に入る。

 温泉にはその村の人らしい人々が入っていて、なぜだかみんな私に話しかけてきてくれた。

「そんなに疲れてるんなら、今日は泊まっていったらいいや。駅まですぐだからよ」

 駅前にホテルをとっていたが、なんだか疲れていた私はその村の旅館に泊まることにした。

 最初に声をかけてくれた男性が旅館まで送ってくれた。

 私がお礼を言うと、男性が言った。

「心配すんな、兄ちゃん。いざとなったら、こうやってまた誰かが助けてくれる。もう少し、楽に、力を抜け」

 なぜか男性のその言葉が妙に心に響いた私は、あやうく涙が出そうになって、すんでのところでこらえた。

「はい……ありがとうございます」

「じゃあな」

 男性は夜の道を歩き去っていった。

 翌朝、起きるとそこには誰もいなかった。

 それどころか、旅館も、村自体がなくなっていた。

 私は道端の石に座り込んでいた。

 そこで一晩を明かしたらしいのに、体の疲れはすっかり取れていた。

 帰ってから調べてみると、どうやら同じような体験をした人がたくさんいることが分かった。

 あの村は「世迷い村」と呼ばれていた。

***

 遠くから「村山さーん、いけますか?」と声が聞こえた。

「おうよ!」

と返事を返す。

 なんとなく分かっていたことだが、やはりあの村はこの世のものではなかった。

 私が死後の世界にやってきた時、ボランティアの募集があって、それが世迷い村のボランティアだったのだ。

 私はすぐにボランティアに応募し、世迷い村の一員として働き始めた。

 ちなみに、世迷い村で現世の人に飲ませたり食べさせたりしているものは、全て現世のものだ。

 あの世のものを食べたり飲んだりすると現世に帰れなくなるから、らしい。

 私は現世に向かう馬車に乗り込んだ。

 なぜか馬車なのである。

 馬車はきゅうりで出来たものではなく、本物の馬が引いていた。

 世迷い村について、配置につく。

 ふらり、ふらりと生気のない顔の若者が村に入ってきた。

 私は石に腰掛けながら、声をかけた。

「よぉ、兄ちゃん。どうしたんだい」

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