隣の席の山野さんは、いつもそっぽを向いている。
隣の席の僕を見ないようにしているのか、常に窓の方に顔を向けているのだ。
「どうしていつもそっちを向いているの?」
自習時間の喧騒に紛れて、僕は聞いてみた。
すると、意外な答えが返ってきた。
「私、向き癖があるんだよね」
「向き癖?」
「うん」
山野さんによると、生まれたばかりの赤ちゃんが同じ方ばかり向くことを”向き癖”というそうなのだが、山野さんはその向き癖がこの歳になっても治っていないのだそうだ。
「だから、あまり気にしないで」
山野さんにそう言われた僕は、なんとしても山野さんにこっちを向いてもらおうと、試行錯誤をした。
授業中にこっそり山野さんにだけ聞こえるように面白話をして、オチだけ内緒にしたり、消しゴムタワーを有り得ないくらい高く積んで興味を持ってもらおうとしたり。
まぁ、消しゴムタワーの時は途中で先生に怒られてしまったが。
山野さんの隣の席の僕は、山野さんがこっちを向いてくれるまで、様々な努力をしたのだった。
***
「ねぇ」
目の前の山野さんが僕の目を見て言う。
正確にはもう山野さんではないが、山野さんは僕の中で山野さんである。
山野さんが僕の目をじっと見つめながら言った。
「あの時さぁ、なんであんなに必死だったの」
僕たちは高校の卒業アルバムを久しぶりに見ているところだったので、あの時とはつまりあの消しゴムタワーの時のことだろう。
こちらにまっすぐ向いている山野さんに、僕は言った。
「そりゃあ……君に振り向いてもらうためだよ」
コメント