私は今、町内屈指の心霊スポットに来ている。
町はずれの廃墟だ。
さすがに一人では心細いので、友だちの沙優を連れてきている。
しかし沙優は心霊系にはめっぽう弱く、さっきから泣き通しだ。
なぜ沙優を連れてきてしまったのか、若干の人選ミス感は否めないが、沙優はとにかくいい子なのである。
つまり、沙優くらいしか一緒に来てくれる子がいなかったのだ。
それくらいこの廃墟はやばい。
だけど私はここに来なければいけなかった。
現在の時刻は夜中の一時である。
この時間になると、この廃墟ではあることが起こる。
一階にある三角の窓が叩かれるのである。
誰もいないはずの、誰も訪ねて来ないはずの廃墟の窓がノックされるのだ。
それも夜中に。
怖すぎる。
しかし私はここでやるべきことがある。
コンコン
ノックの音だ……。
確かに、あの三角窓から聞こえた。
沙優が「い、今……」とぶるぶる体を震わせる。
「うん、聞こえた」
そう返事をして、私は窓に近づいた。
沙優が私の服を引っ張って抵抗するが、構わず突き進む。
コンコン
またノックの音。
沙優はこんな状況になっても逃げ出さない。
友だちを置いては逃げられないのだ。
沙優は本当にいい子である。
私は三角窓までやってくると、窓の鍵を外して窓を開けた。
開けたら死ぬと言われている窓だ。
三角窓が開くと、ぶわっと風が廃墟の中に入ってきた。
***
今から一ヶ月ほど前、おじいちゃんが私にとんでもない遺言を残して亡くなってしまった。
あの廃墟の窓を開けて欲しいというのだ。
それも、ノックが鳴った後に。
おじいちゃんが言うには、あの家には昔、本当に昔、とても綺麗な女の人が住んでいたそうだ。
おじいちゃんはその女の人が好きになって、何度もアタックをしたそうだが、撃沈したらしい。
その女の人には待ち人がいたのだ。
待ち人は一つの町に居付かない人で、女の人はその人とこんな約束をしたらしい。
「いつでもいいのです。いつか、私の元に来てくださる時が来たら窓を叩いてください。三角の形をした窓がある家に住んでいますから」
待ち人はその約束に頷いて、町を去ったそうだ。
おじいちゃんは女の人からその話を聞いて、女の人のことを諦めたらしい。
おそらくおじいちゃんしか知らない話、なのだそうだ。
おじいちゃんの気持ちに応える為に、女の人が話してくれたらしい。
女の人はそういう人だったそうだ。
それから、その女の人が亡くなり、家の引き取り手はなく廃墟になったそうだが、最近になって、その廃墟に例の噂が流れるようになったというのだ。
窓をノックするという、あれである。
それで、あぁ、やっとあの女性は待ち人に会えたのだとおじいちゃんは思ったそうだが、どうやら窓が閉まっている為にまだ会えていないのでないか、というのだ。
幽霊なのだからそのへん融通を効かせて欲しいと私は思ったが、とにかくおじいちゃんはあの窓を開けなければと考えたらしい。
しかしその時おじいちゃんはもう寝たきり。
そこで私に白羽の矢が立ったというわけだ。
おじいちゃんが亡くなってから一ヶ月、ようやく私は意を決してこの廃墟にやってきたというわけだ。
だって、怖すぎる。
でも私はやり遂げた。
「沙優……帰ろう」
私は沙優と一緒に廃墟を後にした。
それから、あの廃墟で窓がノックされたという話は聞かない。
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