「そろそろお見合いでも」
そんな時代錯誤なことを言われて、僕はここにやってきた。
ここに女性はいない。
いや、正確には女性がいるのだが、この人は係員さんだ。
和室と洋室、どちらが落ち着くかと聞かれたので、僕は和室を選択した。
和室には小さな物書き机が一つあるだけである。
係員さんは僕に一冊のノートを手渡して言った。
「それではこちらに”木”の絵をお描きください」
係員さんはそれだけ言うと部屋から出ていった。
ここでは”絵”による見合いをするらしい。
絵を描いて、その絵の出来栄えで相性を判断するのだとか。
木を描かせてその結果から様々な心理分析をする「バウムテスト」というものがあるが、それに近い試みなのだろう。
面白い試みだなと思いつつも、僕はお見合いになんて全然興味がなかった。
普通に描いてしまって、へたにマッチングしても困るので、おかしな絵を描いてやろうと思い、僕は鉛筆を持った。
数日後、なんとピッタリな女性がマッチングしたとの連絡があった。
あんな絵にマッチングするというのは、どんな女性なのだろうか。
僕は女性との待合場所に向かった。
やってきた女性は「こんにちは」と言って笑った。
その瞬間だった。
結婚はおろか、恋愛にすらさほど興味のなかった僕は一気に恋に落ちた。
必要以上にしどろもどろになってしまい、身体中から汗が噴き出る。
そんな僕の姿を見て、女性が楽しそうに笑う。
なんとか女性を店まで案内して食事を始めた。
「どんな絵を描いたんですか?」
女性にそう聞かれて、僕は正直に白状した。
僕はあのノートに、枯れた木を描いたのである。
まったく生気のないくたびれた木。
そんな木にマッチングした彼女はどんな絵を描いたのか。
僕の質問に彼女はこう答えた。
「私、ちょっと変な絵を描いちゃって……」
後日、僕はあの係員さんに二人が描いた絵を見せてもらった。
本当に好対照な絵だ。
僕は枯れた木、そして彼女は木を描かずに木に咲く”花”だけを描いた。
「この二枚をですね、こうすると」
係員の女性はそう言いながら二枚の絵を重ねる。
「ね?」
微笑む女性が見せてくれたのは、僕の枯れた木に見事に咲く彼女の花だった。
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