サンダルを履いた霊

ショートショート作品
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 僕は私立探偵、小狸信史。

 最近「サンダルを履いた霊が出る」という噂を聞いた。

 僕はそのサンダルを履いた霊が出るというアパートに住む住人から、霊をなんとかして欲しいという依頼を受けた。

 僕の仕事は私立探偵なのだが、こうした依頼も多いのである。

 僕はさっそくアパートに向かい、管理人さんに事情を説明して空いている部屋を一つ貸してもらった。

 最低限の寝具などを持ち込み、日夜張り込みを続ける。

 張り込んで数日が経った頃、確かに僕もサンダルを履いた霊の姿を確認した。

 依頼人から聞いたとおりだ。

 サンダルだけがスタスタとひとりでに階段を上っていく。

 僕は気づかれないように部屋を抜け出してサンダルを追った。

 サンダルは階段を上がって最上階まで来ると、今度は非常階段へ向かった。

 そしてスタスタと屋上に上がっていく。

 こんなところに来てどうするつもりなのだろうと思っていると、サンダルが意を決したように屋上から飛び降りた。

 サンダルは地面に落ちると、またスタスタとアパート内に入った。

 僕が屋上に隠れていると、サンダルはまたやってきて、なんと再び屋上から飛び降りたのだ。

 なるほど、分かったぞ。

 あのサンダルを履いた霊は、ここで自殺をした人の霊に違いない。

 自殺をしてしまった人は死後も死んだ時の状況を繰り返すケースがあるという話を聞いたことがある。

 サンダルを履いた霊はここで投身自殺をし、死んだ後もそれを繰り返しているのだろう。

 アパートに住む住人や管理人への聞き取り調査などで僕はそのサンダルを履いた霊の素性を探った。

 そして調査開始から一週間ほど経った日、僕は夜になる前に屋上へと上がった。

 サンダルの霊が飛び降りる地点から死角になっている場所で夜を待つ。

 やがて夜になり、アパートの住人が寝静まった頃、サンダルが階段を上がってくる「カン、カン」という音が聞こえた。

 屋上にサンダルが上がってくる。

 僕は死角から出て、サンダルに向かって言った。

「おじさん。こっちに来て飲まない?」

 サンダルがピタリと動きを止める。

「おじさんの好きな日本酒があるよ」

 僕は日本酒の一升瓶をかがげた。

 サンダルがいつもと進路を変えてこちらにやってくる。

 よし。

 自殺者の霊を救う場合、まずは死の連鎖から救い出してやることが大事だ。

 僕はその場に腰を下ろしてお猪口を二つ用意した。

 日本酒を注ぐと、お猪口のお酒がすーっと消えていく。

「いい飲みっぷりだね」

 僕はそう言ってまたお酒を注いだ。

 何杯か自分もお酒を飲んだところで僕はサンダルの霊に言った。

「おじさん、奥さんの所へ行こう」

 お猪口のお酒が揺れる。

 僕が調査をした結果、サンダルの霊ことおじさんのことはすぐに分かった。

 そしておじさんが結婚をしていて、このアパートで一緒に暮らしていた女性のことも。

 女性はおじさんが亡くなった後、別のアパートに引っ越していた。

 おじさんを救えるのはこの女性しかいないと僕は考えたのだ。

 僕が「行こう」と言って歩き出すと、おじさんのサンダルがスタスタと後ろをついてきた。

 奥さんが暮らしているアパートにやってきた僕は呼び鈴を鳴らした。

 真夜中だが、すぐに明かりがついて扉が開く。

 おじさんを連れてくることを事前に伝えておいたので、起きていてくれたのだろう。

 カーディガンを羽織って扉をあけてくれた奥さんに、僕は言った。

「お約束どおり、ご主人を連れてきました」

 数日前、僕がサンダルの霊のことを話した時、奥さんはその霊を自分のところに連れてきて欲しいと言ったのである。

「あ……」

 奥さんは僕の後ろに隠れているサンダルを見つけると「コラ!」と一喝した。

「まったく、ご迷惑おかけして。さっさと入りなさい」

 奥さんがそう言って扉を大きく開けると、おじさんのサンダルがおずおずと部屋の中に入っていった。

「本当にありがとうございました。なんとお礼を言っていいのやら……」

 そう言って何度も頭を下げる奥さんに「いえいえ。仕事ですから」と伝え、おじさんに「良かったね」と言ってから僕は部屋を後にした。
 

 僕はまた私立探偵の仕事に戻ったのだが、あれからある噂を耳にするようになった。

 それは、夜な夜なサンダルと一緒に歩くという女性の噂であった。

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