勉強嫌いな僕に、おじさんが言った。
「絶対に勉強したくなる魔法をかけてやる」
おじさんは僕の頭にポンッと手を置くと「はい、これで絶対に勉強がしたくなるぞ」と言った。
「全然ならないけど」
「いいからいいから。ドリルを一ページだけやってごらん」
おじさんにそう言われて、僕はしぶしぶドリルを開いた。
すると、ドリルのページからぼんやりと小さなキャラクターのようなものが浮かび上がってきた。
「なんだ、これ」
こういうの、聞いたことがある。AR、拡張現実と呼ばれているやつだ。
浮かび上がってきたキャラクターは僕がよくゲームでやるRPGの勇者のような格好をしていた。
「問題を解いてごらん」
おじさんに言われて僕は一問だけドリルの問題を解いた。
すると、映像の勇者が動き出した。
「さぁ、冒険の始まりだな」
「冒険?」
「この勇者は、ソウタがドリルを進めるごとに冒険を進めることができる。ソウタが一問問題を解くと、モンスターに攻撃を加えられたり、ね」
おじさんは「健闘を祈るよ」と言って帰っていった。
それから僕は、勇者の為にドリルに向かった。
勇者は貧しい家の生まれだったが、魔王を倒す為に旅立った。
モンスターを倒し、少しずつレベルアップしていく。
モンスターだけではなく、悪いことを考えている人間も成敗していた。
次第に仲間も増え、善良なモンスターが仲間になったりもした。
勇者たちはどんどん冒険を続け、やがて魔王との決戦が近づいてきた。
僕はまた家にやってきていたおじさんに「もうすぐ終わっちゃうよ」と言った。
「大丈夫。その冒険が終わっても絶対にまたやりたくなるから」
おじさんのその言葉を信じて、僕は勉強を続けた。
僕が漢字の書き取りをすると勇者たちがモンスターを倒す。
そして……いよいよラスボス、魔王との決戦だ。
僕は夢中でドリルを解いた。
魔王はそれまで戦ったどんなモンスターよりも強かった。
仲間が倒れ、勇者も傷ついていく。
もうダメか、と諦めかけた時、勇者の渾身の一撃が魔王を打ち破った。
終わった。終わってしまった。
エンディングが流れる。
エンディングを見ながら僕は、おじさんが言っていたことの意味を知った。
「その冒険が終わっても絶対またやりたくなるから」
僕も途中から気づいていた。
エンディングを眺める僕。
すると、「END」のマークがついた後に、勇者がゆらりと動き出した。
そしてそのままさっきまで魔王が座っていた玉座に向かい、腰掛ける。
勇者が高らかに笑った。
そのページの隅で、一人の赤ん坊が生まれている。
その赤ん坊の目は、かつての勇者のように透き通っていた。
ドリルのページに「to be continued」の文字。
僕はその先の物語を解き明かすため、またドリルに鉛筆を走らせた。
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