初心の天井

ショートショート作品
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 なんだか最近、人生が停滞している気がする。

 何があったわけでもないのだが、人生が先に進んでいっていない気がするのだ。

 そんな時、俺は「初心の天井サロン」の話を聞いた。

 そのサロンは不思議なところで、行くと必ず活力を得られるのだと言う。

 俺はさっそくサロンにやってきた。

 そこは薄暗い建物で、ちょっと怪しい感じがしたが、従業員の人は丁寧にサロンのシステムを説明してくれた。

 俺は従業員さんに促され個室に入り、そこで自分の生い立ちなどを話した。

「お疲れ様でした。これでお客様の情報は全て入力し終わりました。あとはこちらのお部屋で眠っていただくことになります」

 従業員さんと話をした個室には布団が敷いてあって、ここで一晩眠ることになるらしい。

 俺はなんだか不思議な気持ちで布団に入った。

 自宅以外の場所で、ホテルでもない場所で、なぜ俺は布団に横になっているのか。

 そんな非日常感で中々寝付けなかったが、やがて少しずつ頭がぼんやりとしてきた。

 目が覚めると、狭い天井が見えた。

 なんだか、懐かしい。

 この天井はどこだろうと俺は考え、やがて思い出した。

 これは俺が初めて一人暮らしをした部屋の天井だ。

 ワンルームの狭い部屋で、一番近くのコンビニまで歩いて二十分もかかる、そんな部屋だった。

 今住んでいる部屋より数段不便なこの部屋で、俺はやる気に満ち溢れていた。

 この狭い部屋が俺の城であり、ここに住んでいた頃の俺は何でもやってやろうとただ純粋に前へ前へと進んでいた。

 そんな俺もやがて結婚をして、子供ができた。その度に天井は変わった。

 家族によって、俺は縛られたのか?

 いや、違う。

 俺は力をもらっているんだ。

 この天井を見たことで、俺は今自分にあるものを再認識することができた。

 一人の時は身軽だった。

 だけど、守るべきものがある今はその重さが、俺に力を与えてくれることを知った。

 懐かしい天井を見て、俺はそのことにようやく気がつくことができた。

 なんでもやってみよう。あの頃と同じように。

 あの頃とは違う強さで。

 俺は布団から出て、サロンのロビーに向かった。

 サロンのロビーが、来た時とはなんだか違う雰囲気になっている。

 やってきた時は薄暗い印象を受けたのだが、今は真っ青に澄んだ色をしていた。

 俺はロビーで料金を支払いながら「ここって、こんな色でしたっけ」と従業員さんに尋ねた。

「あぁ、こちらはですね、お客様の心情によって色が変化するんです」

「心情によって?」

「えぇ。だから皆さん一人一人によって見えている色が違うんです」

 俺は天井を見上げた。

 透き通るような青。

 これは青空だろうか。

 いや、もっとふさわしい言葉があるような気がする。

 青天井。

 この天井には、上限がない。

 行ける所まで行ってみようと思いながら、俺はサロンをあとにした。

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