私の農園には様々な花が咲いている。
綺麗な花もあれば毒々しい花もある。
私の一日はこの農園に水やりをすることから始まる。
その日も農園にホースで水を巻いていた。
ふと気配を感じた私は農園の入り口に立っている女性の姿を認めた。
心細そうな様子でそこに立っている女性に私は手をあげてそこで待つように伝えた。
女性を事務所に招き入れる。
思ったよりも若い。
「これを……引き取っていただきたくて」
女性はそう言って、小さな箱を取り出した。
あぁ……指輪だな、と思った。
女性がこうして一人でこの農園を訪れる際に持ち込むものは、指輪かアクセサリーの割合がとても多い。
予想通り2つの指輪を取り出した彼女に対して無粋な詮索はしない。
もちろん、話を聞いて欲しそうであれば話は聞くが、依頼人から話し出さない限りは私から話を促すことはない。
「ご希望があれば、こちらの指輪から咲いた花の写真をお送りすることもできますが」
「……いいえ、結構です」
彼女はそう言って指輪を置いて去っていった。
私は彼女から受け取った指輪を農園の畑に埋めた。
彼女の憔悴しきった様子から察するに、毎日水をやれば立派な花を咲かせるだろう。
ここには様々な憂いを帯びた品物が持ち込まれる。
彼女の持ち込んだあの指輪はリングの中に日付が刻印されていたし、まず結婚指輪で間違いないだろう。
そして彼女がここにあの指輪を持ち込んだということは、彼女と一人の男の結婚生活が立ち行かなくなったということだ。
この農園には、そのような不幸をまとった物品が日々持ち込まれる。
私は依頼人から品物を受け取り、それを畑に植える。
憂いを帯びた品物はその不幸そのものが養分となり、立派な花を咲かせる。
憂いは大きければ大きいほど、土にとっては養分になる。
不幸は大きければ大きいほど、土は豊かになる。
先週、彼女と同じように2つの指輪を持ち込んだ女性がいた。
その女性の指輪を埋めた場所からは、早くも2本の蔓(つる)が伸び始めている。
そしてその蔓はお互いを求め合うように絡み合っていた。
あの女性がどのような事情で指輪を持ち込んだのかは知らない。
しかし二人は愛を失ったわけではないようだ。
あるいは死別かもしれない。
私はそこで考えるのをやめる。
一人一人の事情など、私には伺い知ることはできない。
指輪の田植えを終えた私は、また水やりの作業に戻った。
先ほど水をやった花々が朝日を受けて輝いている。
美しい。
人の不幸は一つとして同じ形のものはない。
それゆえこの農園で咲く花に一輪として同じ花はないのだ。
「花を売るのですか」
品物を持ち込みに来た客にそのように聞かれることがある。
私は品物を受け取る時に料金を取ることはしない。
だから不思議に思って尋ねるのだろう。
しかし私は花を売ることもしない。
「ボランティアみたいなものですよ」
そう答えると客は分かったような分からないような顔をして去っていく。
水やりを終えた私は、畑の隅に向かった。
農園の花は一年中咲き乱れる。
人の不幸に季節は関係ないからだ。
その花を有効活用するには、花を直接売るよりもいい方法がある。
私は畑の隅にある養蜂箱の蓋を開けた。
中にいた蜂が一斉に農園に飛び立つ。
蜂たちは農園に咲く花々を行き交い、蜜を集める。
私はこの蜂の集めた蜜を、生産元を隠して販売をしている。
私の農園で作られる蜂蜜は飛ぶように売れる。
いくら作っても予約が途切れることはない。
蜂蜜が売れる度に私はつくづくと実感する。
やはり人間にとって、他人の不幸は蜜の味なのだと。
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