ある国で突然時が加速した。
はじめにそれに気がついたのは時計屋の店主だった。
店にある時計が一斉にいつもの倍のスピードで動き出したのだ。
異変はすぐに国中で認知された。
その国では時間の進むスピードが二倍速くなり、それはすぐに三倍になった。
その国以外の時間の進み方はこれまでと変わらなかったので、彼の国の人々は我先にと国を脱出した。
国境の外から彼の国を観察している他国の調査チームによると、観測開始から半年ほどで国中の建物が崩壊を始めたという。
精度の高い時計を投げ入れることで行われたその国の時間スピードの観察によると、今はその国の時間の流れは通常の100倍ものスピードに達しているという。
多くの人々はこの現象に恐れを抱いたが、中には有効活用しようと考える者も出始めた。
例えば林業関係者などがそのうちの一つである。
彼らは遠隔操作できるロボットなどを使い、国境から植物の種を彼の国に運び、土に植えさせた。
すると種はみるみるうちに成長を始め、1ヶ月もすれば樹齢10年ほどの立派な木に育ち、すぐに伐採することができた。
これは時間と根気が必要な林業にはある種の革命をもたらした。
そんな時、観測者たちによってある報告がなされた。
彼の国の平均温度が上昇し続けているらしい。おそらく、地球の温暖化が彼の国では超スピードで進行しているのだろう。
やがて、あれよあれよといううちに彼の国の国土のほとんどが砂漠化してしまった。
これでは木を植えることも叶わず、彼の国を拠り所として林業は衰退していった。
そして、今や砂漠と、荒廃した建物しか残っていない彼の国に新たな利用法が提唱された。
「流刑地」としての利用。
大罪人を彼の国へと解き放ち、その代償として自由を与えるという利用法。これはすなわち、彼の国を利用した死罪に他ならなかった。
彼の国へと流された罪人たちは、しばらく砂漠をさまよい、そして間も無く朽ち果てる。朽ち果てた死体はすぐに白骨化し、風化して砂漠の風に運ばれていった。
そうした場として利用されることとなった彼の国はもはや世界にとって知ってはならない場所、ブラックボックスじみた場所として目を背けられることとなった。
このまま時が加速し続けた場合、彼の国はどうなるのか。
それはこの地球という星の未来を観測することと同義だった。
彼の国の崩壊が伝播し、地球全体の崩壊へとつながるのでないかという説も提唱され、人々はより一層彼の国を恐れることとなった。
しかし、そうはならなかった。
彼の国を観測していた調査チームにより、驚くべき報告がなされた。
なんと、彼の国の砂漠が少しずつ、変化をしているというのだ。
それは崩壊への変化ではなく、徐々に、地表が回復しつつあると。
加速した時のスピードは臨界点を迎え、今度は逆方向へと進みつつあるという。
そのスピードは今はほとんど静止に近いものだが、これから少しずつスピードを増していくと見られている。
時の流れが逆転した彼の国がどんな”未来”を迎えるのかはまだ分からない。
それよりも今は、砂漠の表面に大量に発生した白骨の処遇に関する議論がなされている。
砂漠の上で人体の形へと戻りつつある骨の表面には、どうやら肉らしきものが再生されつつあると調査チームから報告が入ったのだ。
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