私の勤める会社には「伝説のデスク」というものがある。
そのデスクは営業部のあるフロアの隅に置いてある。
そこは誰の席でもない。
デスクは、かつて伝説の社員と評された社員のデスクなのだそうだ。
業務上の判断に困っている時などにそのデスクに座ると、必ず良い判断を下せるのだという。
ただし、本当に困っている時にしか効力はない。
だからあのデスクは誰が座ってもいいように解放されている。
営業部第二課の課長である私も度々あのデスクにはお世話になっている。
管理職は、これで色々と判断に迷うことも多いのだ。
と、部下の五十嵐くんがデスクで深刻そうな顔をしていた。
「どうした、何か困ってることがあるのか?」
私がそう声をかけると、五十嵐くんは「いえ……」と控えめな返事をした。
彼は聡明だが、あまり思っていることを口に出してくれない。
「あのデスク、使ってみたらどうだ」
伝説のデスクを指差す。
彼があのデスクを使っているのを見たことがなかったからだ。
「はぁ……じゃあ」
五十嵐くんが書類を一枚持って伝説のデスクに座る。
すると、すぐに書類にペンを走らせ始めた。
さすが伝説のデスクである。
五十嵐くんがこちらに戻ってきて「課長、これを」と書類を差し出す。
決済書かなと思い書類を見てみると、こう書いてあった。
【退職届】
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