前からずっとやってみたいと思っていたことを、今日やってみることにした。
私はお猪口と徳利を縁側に置いた。
まだ日は明るい。
今日は平日だ。
仕事を引退し、私は晴れて自由になった。
ずっと真面目に勤め上げてきたのだ、これくらいのことは許されるだろう。
徳利を持ってお猪口に酒を注ぐ。
ぐいと一口あおる。
うん……うまいな。
だが、前までの酒とは味が違うな。
この味に慣れていくのだろうか。
しばらく縁側に座りながら酒を飲んでいると、ばさりと一羽の鳥が飛んできた。
カラスだった。
「おぉっ」
思いのほか大きいカラスだったので、私は立ち上がり部屋に逃げた。
するとカラスは縁側にとまり、ちゃっちゃと音をさせながら酒の入った徳利に近づいた。
そして、なんと徳利にくちばしをつけて酒を飲み始めたのだ。
カラスはなんともうまそうに酒を飲んでいる。
酒好きのカラス……なんて聞いたことないが。
その飲みっぷりを見ているうちに、私は一人の男のことを思い出した。
同期入社の黒羽。
奴は仕事ができて、いつも私の一歩先を行っていた。
古い言い方をすれば、モーレツ仕事人間というところだ。
その性質が災いしてか、彼は若くしてこの世を去った。
思えば、私はいつも黒羽の姿を追いかけていたような気がする。
奴も酒が好きだった。
もしやおまえ……カラスになったのか?
カラスはごくごくと酒を飲んでいる。
私が近づいても全然逃げない。
私はお猪口を持って、残っていた酒を煽った。
少しだけ前の味がした。
カラスは酒を飲み干すと縁側からふわりと地面に降りた。
そしてまさに千鳥足でとことこと去っていく。
その後ろ姿まで黒羽にそっくりな気がした。
これから過ごす時間が、思いがけず少し楽しみになった。
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