ここに「きびだんごさんの飴」がある。
そういう名前のお菓子ではない。
私の勤める会社には「きびだんごさん」というあだ名の先輩がいる。
男性の先輩なのだが、面倒見が良くたくさんの社員から慕われており、彼は他の人によく飴をあげている。
「坂井さんにも、はい、一つ」
そんな風に言って、私にも一つ飴をくれた。
噂では、この飴を舐めるときびだんごさんに心酔してしまうらしい。
だから私はまだこの飴を舐めていない。
しかし、よくよくきびだんごさんを観察してみると、彼は普通に仕事ができて、普通に気遣いがとてもよくできる人なので、慕われて当然なのだということがわかった。
当たり前だが、この飴にまつわる噂は噂でしかなかったらしい。
飴を舐めようとした時、隣の席に座る松本くんが、何やら喉を押さえているのを見かけた。
松本くんは、ちょっと無口な私の直属の後輩である。
「どうしたの、喉」
私が聞くと、松本くんはちょっとバツが悪そうに答えた。
「カラオケで歌いすぎて、ちょっと」
「カラオケ? 意外だね。好きなんだ」
「はぁ……」
私は手に持っていたきびだんごさんの飴を松本くんに差し出した。
のど飴だったのだ。
「え、いいんすか」
松本くんは飴を受け取り、口の中に入れた。
「うまいっす」
そう言ってちょっとだけ笑う松本くんは、少し可愛い。
きびだんごさんの噂、あれは本当なのかもしれない。
あの飴をあげたその日から、松本くんから妙にカラオケに誘われるようになったのだが……。
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