すごろく引越社

ショートショート作品
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 妻と二人暮らしをしている部屋から引っ越しをすることになった。

 東京を出て地方移住をするのである。

 部屋を決めた僕たちは引越し業者を探し回った。

 すると、なんと一万円で請け負ってくれるという業者が見つかった。

 その業者の名前は「すごろく引越社」。

 他の業者は見積もりで十万円程度の金額だったので、ものすごく安い。

 ただしデメリットもある。

 それは「荷物がいつ着くのか分からない」という点である。

 荷物を預けた後、依頼主が振るサイコロによってトラックが動くという仕組みらしい。

「弊社の引っ越しはエンターテインメントなんです」

とすごろく引越社の社員さんは言った。

「つまりですね、お客様のお荷物を預からせていただいた後、引っ越しが完了するまでをライブ配信させていただくんです。そのライブ配信を見ている方からも料金を頂戴しているのでお安く出来ているというわけでして」

 なるほど、そういうことか。

 僕は内容に納得して、すごろく引越社に引っ越し作業をお願いすることにした。

 引っ越しの当日。

 すごろく引越社の作業員たちは部屋にやってくるやいなやすごいスピードで荷物を搬出していった。

「それでは荷物をお預かりしますので、規定の時間になりましたらこちらのサイコロをお振りください」

 そう言って作業員の方は僕にサイコロを一つ手渡した。

 サイコロを受け取った僕は妻と一緒に一足先に引越し先の町にある格安ホテルに向かった。

 荷物が届くまでは寝る所もないので格安のホテルに泊まる。

 このホテルに滞在しながら、規定の時間になったらサイコロを振るのだ。

 するとサイコロの出目の分だけ荷物を載せたトラックが近づいてくるというわけである。

 そしてその様子はオンラインで生配信されるのだ。

 ホテルについた僕はさっそくサイコロを一回振った。

 出た数は「4」。まずまずの数字だ。

 僕と妻はパソコンですごろく引越社の配信を見守った。

 サイコロの出目は自動的にすごろく引越社の人に通知されることになっているので、僕たちが何もせずとも僕たちの荷物を載せたトラックは動き出した。

 トラックは僕らが住んでいた町を出発し、道路を順調に進んでいる。

 僕たちは歓声を上げて次にサイコロを振る時間を待った。

 食事を終えるともう一度サイコロを振る時間になった。

 一日にサイコロを振れる回数は二回。

 今度は妻がサイコロを振った。

 出た目は「2」。

 トラックはまた動き出した。

 次の日、また僕はサイコロを振った。

 すると出た目はどうやら「戻りのマス」に止まる数字だったらしく、順調に進んできたトラックが戻っていってしまった。

 落胆する僕を妻が慰める。

 それから僕たちは何度もサイコロを振った。

 その結果を受けてトラックはある時は進み、ある時は戻り、またある時は一回休みでまったく動かなかったりした。

 ゴールである新居までのコースもすごろくのようになっているらしく、時に同じ場所をぐるぐると回ってしまうループに陥った。

 
 それでもトラックはじりじりと新居に近づいてきて、ついに後3マスでゴールというところまで来た。

 しかしなんとゴールの1マス前には「振り出しに戻る」のマスがある。

 僕はサイコロを握りしめた。

「3以上だよ!」

 興奮した妻が僕に言う。

「わかった!」

 僕は意を決してサイコロを振った。

 出た目は……。

「やった!」

 僕は妻と一緒に歓声を上げた。

 ホテルをチェックアウトして新居に向かう。

 やがてトラックがやってきた。

 この感動の瞬間もライブ配信されていることだろう。

 僕は妻と一緒にトラックを新居の方に促した。

 だがトラックはその場でUターンをしてしまう。

「ちょ、ちょっとちょっと!」

 僕は走っていって止まっているトラックの運転席を叩いた。

「どうしたんですか? 新居はこっちですよ」

「あぁ、それがですね。ゴールはぴったりでないといけないんです」

「えっ……」

「さっき出た目は4ですよね。なのでゴールから一つ戻って”振り出しに戻る”です。では」

 呆然とする僕と妻を残してトラックは来た道を猛スピードで戻っていった。

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