大学生になったばかりの頃、お母さんに「どっちかあげる。どっちがいい?」と聞かれた。
お母さんが持っていたのは手鏡だった。
四角い手鏡と丸い手鏡。
私はすぐに「丸い方!」と答えた。
いつもお母さんが使っていたのは四角い手鏡だったけれど、ここぞという時に丸い手鏡を使っていたのを知っていたのだ。
お母さんは「こっちね」と笑いながら丸い手鏡を私にくれた。
お母さんの手鏡を使ってみると、その手鏡はとても変な手鏡だった。
なんと、しゃべるのである。
それも話しかけてくるのではなく「ふぁ〜あ、眠いなぁ」「肩が痛い」などとつぶやく感じなのだ。
どうせなら「あなたは世界一美しい」とか言ってくれればいいのに。手鏡の肩ってどこよ。
お母さんに「なんでこんな手鏡持っていたの?」と聞くと「なんとなく捨てられなかったんだよねぇ」と苦笑いした。
私が手鏡を見ている間中、手鏡はぶつぶつと何かをつぶやき続けた。
面倒くさくなった私が「ったくうるさいなぁ!」と怒ると「あ、わりぃ」などと恐縮する。
根はいいやつなのである。
さらには、私がもうちょっとアップで見たいなぁと思っているところをズームしてくれたりして、普通の手鏡にはない有用さもあるのだった。
ある日、電車の中で目にゴミが入り手鏡を取り出した。
電車や外ではしゃべらないように言っておいたのだが、手鏡も急に取り出されてびっくりしたのか「うぉ!?」などと声を出してしまう。
私は慌てて周りを見たが、誰も気にしていなかった。
この声はもしや自分にしか聞こえないのだろうか?
大学二年生になった頃、初めてできた彼氏からプレゼントで可愛い手鏡をもらい、あの丸い手鏡を使わなくなった時期がある。
だが結局その彼氏とは数カ月後に別れてしまい、机の奥からあの丸い手鏡を取り出すと「やっぱり俺じゃないとダメかぁ」などとすかしたので腹が立った。
結局、私はこのおかしな丸い手鏡をずっとずーーっと使い続けてしまった。
そんな私はお母さんと同じように、娘に「どっちがいい?」と聞いた。
「こっち!」
娘は丸い手鏡を指差した。
血は争えない。
娘から「何、この手鏡!?」と聞かれたら、きっと私も「なんとなく捨てられなくて」と弁解するのだろう。
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