昔、おばあちゃんがよく窓際で何かを聞いていた。
「何を聞いているの?」
私がそう尋ねると、おばあちゃんは言った。
「風流小説だよ。ほら、ここから聞こえるの」
おばあちゃんは新聞紙で作ったらしいスピーカーのようなものを指差した。
おばあちゃんに促されて私もスピーカーの近くで耳を澄ますと、確かに小説の朗読が聞こえてくる。
それから私はよくおばあちゃんと一緒に風流小説を聴いた。
でもたまにスピーカーの調子が悪くなって、聞こえなくなったりもした。
小説なので少し聞こえないとだんだん筋が分からなくなってしまう。
ぐずる私におばあちゃんは言った。
「みっちゃん。分からなくなったら自分で想像すればいいんだよ」
思えばその一言が私の将来を変えたと思う。
聞き取れなかった部分を想像するうちに自分でも物語を作りたくなって、私は小説家になった。
せっかく作家になったのだから、風に漂う風流小説を書いてみたいが、どうやって書けばいいのだろう。
ある日、私は今日が締め切りの原稿を編集者さんにメールで送った。
ふーっと一息つく。
いい天気だ。後で散歩でもしようかな。
編集者さんから電話がかかってきた。もう原稿をチェックしてくれたのか。
「先生! 送っていただいた原稿、白紙のようですが」
「え?」
メールの添付ファイルを確認してみると、確かに白紙のデータになっている。
「ごめん、すぐ送り返すね」
私は再びデータを送信しなおしたが、それも白紙のデータになってしまったようだ。
何回やってもダメなので、私は原稿を印刷してFAXで送ることにした。
しかし、原稿を印刷してみると、なんと紙からふわりと文字が浮かび上がって、風に乗るようにして消えてしまったのである。
これは、まさか。私の小説が風流小説になったんじゃ……?
やった!
私は編集者さんに電話をかけた。
「私の作品が風流小説になったんだよ!」
「風流……なんです? 先生、寝ぼけてるんですか」
「やったやった!」
はしゃぐ私に編集者さんが言った。
「とにかく原稿を!」
「分かった、すぐ送るね」
幸い今回の作品は短編だったので、他のアイデアから急いで原稿を書くことにする。
「風流小説だかなんだか知らないですけど、ちゃんと地に足つけて書いてくださいよ」
「は〜い」
そう答えながら、でも私は風にもてあそばれるように浮足立ちながら机に向かった。
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