あの席のご婦人

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 私は受験勉強をする時によく図書館を利用していた。

 その図書館には、いつも同じ席に座っているご婦人がいた。

 ご婦人は上品な服を着ていて、長い白髪の髪がとても素敵だった。

 ご婦人は分厚い本を静かにめくっていて、なんとなくその姿を見てしまう時があった。

 ご婦人を見ていると不思議と落ち着くのだ。

 と、ご婦人の近くに男性がやってきて、なんとご婦人の席に腰掛けようとしたのである。

 え?

 あまりのことに驚いていると、ご婦人の体が透けて男性がそのまま椅子の上におさまった。

 ご婦人が慌てて席を立つ。

 もしかして……。

 図書館は混んでいたので、席が空いていない。

 私は立ち上がり、ご婦人のそばまで行った。

 そして身振り手振りで、さっきまで自分が座っていた席を勧める。

 するとご婦人はぺこりとおじぎをして、私の示した席に座ってくれた。

 勉強もひと段落ついたところだったので、今日は帰ることにした。

 それからもご婦人はいつも同じ席に座っていて、私たちは目が合うと会釈を交わし合う仲になった。

 ご婦人はいつも静かに本をめくっていて、ご婦人を取り巻く時間だけが止まっているように見えた。

 私の周りでは様々なものが駆け足の時間で過ぎていくのに、ご婦人が本を読んでいる姿を見る時だけ時間が止まった。

 ある日。

 図書館で勉強をしていた私がふと顔をあげると、ご婦人が本の最後のページをめくるところだった。

 読み終えたのかな。

 ご婦人は顔をあげ、私と目が合うとこちらに手を振ってくれた。

 私もご婦人に小さく手を振り返す。

 ご婦人が本を閉じると、その姿がふっと消えた。

 なぜだろう。私はその時、もうご婦人に会えないような気がした。

 誰もいなくなった席をじっと見つめていると、「行っちゃいましたね」と誰かに話しかけられた。

 声のした方を見ると、図書館の職員さんが立っていた。

 職員さんが言った。

「あ……見えてました、よね?」

 職員さんがご婦人の席の方を控えめに示しながら言う。

「えぇ」

 私が答えると、職員さんは言った。

「あの方、昔はご夫婦でこの図書館に来ていたんです。旦那さんとよくここで待ち合わせをしていました。座るのは決まってあの席。だから、きっとまた、待ち合わせをしていたんだと思います」

 職員さんはそう言うと、ぺこりと私にお辞儀をして去っていった。

 私はまたご婦人の座っていた席を見つめた。

 ご婦人はあの分厚い本を読みながら、旦那さんを待っていたんだ。

 もう会えないのは寂しいけれど、また二人で仲良く時間を過ごしてくれるといいなと思いながら、私は図書館を後にした。

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