川編みの糸

ショートショート作品
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 夏休みの登校日。

 帰りがけに先輩の教室に寄ってみると、手芸上手な先輩が一人でマフラーを編んでいた。

 先輩の机に置かれたスマホからは川のせせらぎの音が聞こえている。

 私は教室の入口からその光景をじっと見つめた。

 なんだか、この教室だけが時間が止まったようであった。

 先輩が編んでいるマフラーは綺麗な青色をしていた。

「綺麗ですね、その糸」

 私が声をかけると、先輩がこちらを振り向いてにこりと笑った。

「川編みの糸よ。こっちが完成品」

 先輩がバックからマフラーを取り出す。

 そのマフラーは、いま先輩が編んでいる糸と同じように青く澄んだ色をしていた。

 マフラーを形作っている糸が、川の流れのように波打っている。

「巻いてごらん」

 先輩に言われて私がマフラーを巻いてみると、マフラーなのに首元が涼しくなった。

 青いマフラーから、ぽちゃん、と魚が跳ねる。

「すごい……!」

「糸を分けてあげるよ」

 先輩はそう言って白い毛糸玉を取り出した。

「これは青くないんですね」

「最初はね。色々な川の音を聞かせてあげながら編むの。そうすると、綺麗な色に糸が染まるんだよ」

 それでスマホから川のせせらぎが聞こえていたのか。

「先輩のはどこの川なんですか」

「仁淀川だよ。仁淀ブルーと言って、とても綺麗な青色に染まるから気に入っているの」

 私は先輩からもらった糸で、さっそくマフラーを編んだ。

 母親からは「夏にマフラーなんか編んでるの?」と驚かれた。

 やがて、マフラーは編み上がった。

 私の糸も先輩と同じように青く染まって、おそろいみたいで嬉しかった。

 先輩も「よくできてるね」と褒めてくれた。

 冬がやってきて、私は夏に編んだ青いマフラーのことを思い出した。

 あのマフラーは首に巻くと涼しくなるから、冬は使えない。

 冬もあの糸で編んだマフラーを巻きたいな、と思った私はあることをひらめいた。

 
 やがてマフラーは編み上がった。

 先輩に見せようと、私は家からマフラーを巻いて学校に向かう電車に飛び乗った。

 すると、なぜか乗客の人たちが怪訝そうな顔をしてこちらを見た。

 なんだろう、と思いながらマフラーに顔をうずめて、私はようやく気がついた。

 冬でもあの糸を使ってみたいと思った私は、温泉の湧き出る音を糸に聞かせながらマフラーを編んだ。

 出来上がったマフラーは温泉のようにポカポカと温かかった。

 しかし、聞かせる音を間違ったらしい。

 その温泉はどうやら硫黄の温泉だったようで、匂いが……。

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