時わすれの雑誌

ショートショート作品
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 僕は私立探偵、小狸信史。

 最近ある雑誌の噂を聞いた。

 それは「時わすれの雑誌」というものである。

 なんでもその雑誌は山手線の車内に落ちているそうで、その雑誌を手に取ったが最後、あまりの面白さに気づいたら一駅乗り過ごしているらしい。

 面白い。

 僕は時わすれの雑誌について調査してみることにした。

 ストップウォッチを持って山手線に乗る。

 雑誌を探してまわると、戸棚の上にそれらしいものを発見した。

 一見、普通の週刊誌のようである。

 僕は雑誌を手に取ってからストップウォッチを作動し、雑誌を読み始めた。

 内容は、最近僕が知りたいと思っていた催眠療法に関する特集だった。

 気がつくと、僕は夢中でページをめくっていた。

 はっと顔をあげると、次の駅までやってきていた。

 ストップウォッチを確認して驚く。

 およそ六十五分過ぎている。

 乗り過ごしたのは一駅じゃない。

 一駅どころか、一周してしまっていたのだ。

 知り合いの古市刑事を呼んで、同じように実験してみた。

 古市刑事は「忙しいんだがなぁ」とかぶつくさ言っていたが、雑誌を手渡すと食い入るようにページをめくり始めた。

 僕は古市刑事が見える位置に座ってその様子を見守ったのだが、古市刑事もやはり山手線を一周する間、ずっと雑誌を読み続けた。

 ようやく彼が雑誌から顔をあげたところで声をかける。

 雑誌の内容について尋ねてみると、最初は口をもごもごさせていたが、僕が真剣に尋ねると、最近お気に入りの女優に関する記事が載っていたと白状した。

 読む人によって内容を変える雑誌。

 面白い。

 僕は時わすれの雑誌をある場所に持っていった。

 有効活用できる場所を知っているのだ。

 
 家の近所にある放課後児童クラブ、いわゆる学童保育施設に雑誌を持ってきた。

 ここは日中保護者がいない児童たちが保護者の帰りを待って集まる場所である。

 ここにいつもお母さんを遅くまで待っている、タケルくんという男の子がいた。

 僕はタケルくんに「これ、面白いよ」と言って雑誌を手渡した。

 するとタケルくんも次々に雑誌のページをめくり始めた。

 二時間ほど雑誌をめくり続けたタケルくんを、お母さんが迎えに来た。

 タケルくんはお母さんの声に嬉しそうに顔をあげた。

 雑誌はそのまま学童保育施設に置いたままにしておいたのだが、どうやらタケルくんは最近、お母さんが来てからもその本を離したがらないらしい。

 どんな内容になっているのか聞いてみたところ、彼の場合、雑誌の中身は長い物語になっているそうだ。

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