服電

ショートショート作品
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 単身赴任することになった私の為に、妻が新しいワイシャツと背広を買ってくれた。

 その背広は仕立ても良く気に入ったのだが、一つおかしな機能がついていた。

 その日も私は単身赴任先の支店から帰って来て一人暮らしの部屋で背広をハンガーにかけた。

 すると背広がプルルルと震え、妻に電話がかかった。

「もしもし」

「あぁ、今帰ったよ」

「おかえりなさい」

 この背広は仕事から帰ってきてハンガーにかけると自動で妻に電話をかける。

 おそらくハンガーに”かける”と電話を”かける”がかかっているのだろう。

 妙な機能だが、確かに電話を忘れそうになることもあるので便利と言えば便利でもある。

 それにしても、夫がちゃんと家に戻っているか確認する機能を欲しがるなんて、妻にも可愛いところがある。

 何年一緒にいると思ってる。還暦前だぞ、と一人笑った。

 しばらくそんな日々を過ごしていた私は、ある日ふと気になってこの背広について詳しく調べてみた。

 こんな機能が生まれた経緯などが気になったのである。

 開発者のブログ記事などを読むうちに、私はこの会社が出している他の商品についても知ることになった。

 なるほどなぁ、色々考えるものだ。

 記事を読んだ私は、次の日、滅多に取らない有給を取って、妻が背広と一緒に買ってくれたワイシャツを洗濯した。

 いつもはクリーニングに出してしまうのだが、今日は自分でアイロンをかける。

 アイロンがけを終えた私はコーヒーを飲んだ。

 さて、そろそろかなと思っていると、案の定玄関の鍵が回った。

 玄関に行ってみると、そこに妻が立っている。

 三時間強かかる我が家からやって来たのだろう。

「え、あ、いたの」

 妻は見るからに驚いた表情をしてそこに立っていた。

「今日は有給を取ったんだ。入れよ」

 私に続いて部屋に入った妻はキョロキョロと辺りを見渡した。

 そんな妻の後頭部に軽くチョップをする。

「いたっ」

「ったく、誰を探してるんだ。誰もいないよ」

「え、あ、でも……」

 狼狽している妻を見て私は呆れた。

 あのおかしな背広を作っている会社はあるおかしなワイシャツも作っていた。

 そのワイシャツにはちゃんとアイロンを”かけているか”を調べる機能があった。

 ワイシャツの機能が働いて、妻はここにやってきたのだろう。

 私はいつも面倒くさがってアイロンをかけないから、今日に限ってアイロンがかけられたことを不審に思い、別の女の影でも見たか。

「新婚じゃあるまいし」

「だって……」

 そう言ってもじもじしている、いつまでも嫉妬深い妻に、私はカマをかけたのだった。

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