私は今、妻と一緒にバーベキューをしていた。
ここはとあるキャンプ場である。
美味しそうに肉や野菜を食べる妻を見て、決心が揺らぎそうになった。
いや、ここまで来て何を考えているんだ。
バーベキューを食べ終えた私たちはキャンプ場に設置されていたハンモックで昼寝をした。
このハンモックで寝ると、隣で寝た人間と二度と出会えなくなる。縁が切れるのだ。
反目のハンモック。
それがこのハンモックの通称だった。
妻と一緒の生活にうんざりしていた私は妻をこのキャンプ場に誘ったのだった。
ハンモックで眠った私は、なぜか妻のいいところばかりを夢に見た。
あぁ、そういえばそういう所が好きで一緒になったのだと思い出す。
目が覚めた私は、なぜこんな時にこんな夢を見るんだ、と独りごちた。
おかしな夢を見たおかげで決心が揺らいでしまう。全てはもう手遅れなのに。
私は早くも後悔の念を抱きながら、妻を起こした。
「どうしたの?」
妻はそういって起き上がり、そして……どこへも行かなかった。
むしろなんだか機嫌が良さそうである。
私は「あぁ、このハンモックにそんな力はなかったのだ」と思い、ほっと胸をなでおろした。
しかし、キャンプ場から帰ってきた次の日に、妻は姿を消した。
私は自分以外誰もいない部屋で後悔の念に押しつぶされそうになった。
妻の実家に電話をしてみるが、そこに妻はいないという。
それが真実か嘘なのかを確かめるすべはなかった。
私はあのキャンプ場にやってきた。
事前説明をしてくれたキャンプ場の青年に「どうにかハンモックの効果を打ち消すことはできないか」と泣きつく。
しかし青年はきっぱりと言った。
「復縁は無理なんです。その件については最初にしっかりと念を押しましたよね」
どうしてあんなことをしてしまったのだろう。
妻にはいい所もたくさんあったのに。
いや、むしろいい所の方が多かったじゃないか。
好ましいところがたくさんある女性だから恋に落ち、結婚したのではなかったか。
私はそんなことを考えながら一人家に帰った。
と、そこに妻が立っていた。
「どうして……!?」
妻はふぅと息を吐きながら言った。
「私も離婚届を書いたりしたことがあったし、これでおあいこね」
妻はそう言っていつものように「お茶でも飲む?」と聞いてくれた。
妻は知っていたのだ。あのハンモックのことを。
もしかしたら彼女も私のことが嫌になってあのハンモックのことを調べたのかもしれない。
でも、どうして妻は帰ってこれたのか?
あのハンモックで寝てしまったら復縁は無理なのではないか。
後日、時間ができた私はまたあのキャンプ場に向かった。
そしてあの青年に妻が帰ってきたことを伝えた。
「そうですか。それはよかったです」
「あの。どうして妻は帰ってこれたのでしょうか」
「はい。実はあのハンモックを使った後、あなたのように後悔して復縁を求める方があまりにも多かったのです。ですから、本当に縁を切ってしまう前にセーフティーネットとして相手のいい所を夢でお見せるようにしたんです。そしてそれでも決心が揺らがなかったらもう一度寝ていただく。次に寝たら本当に終わりというわけです」
「そう……だったんですか」
「はい。人の心はこのハンモックのように揺れ動きやすいものですから」
青年はそう言ってハンモックを揺らした。
「次にまた同じことを考えそうになったら、ここであったことを思い出してください。もう二度とお目にかからないことを願っています」
そう言ってペコリと頭を下げた青年に対し、私は深々と頭を下げてキャンプ場を後にした。
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