感想巻き貝

ショートショート作品
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 私はアーティストである久住先生のマネージャーをしている。

 その日も久住先生の個展の準備を進めていた私だったが、普段個展の運営には口を出さない久住先生が突然こんなことを言った。

「来場客の意見を聞きたい」

 それまでお客さんの意見なんか全然聞こうとしなかった久住先生がそんなことを言ったものだから私は驚いたのだった。

「分かりました。じゃあ個展の最終ブースにアンケート用紙を置いてみましょう」

 私はそんな提案をしてみたが、久住先生は何か引っかかるような顔をしてうつむいていた。

「あの、先生……?」

「意見は聞きたいけれど、嫌な意見や怖い意見は聞きたくないです」

 久住先生は顔をふせながらそう言った。

 久住先生はアーティストらしく繊細、今風に言えば完全なビビリなのだ。

 誰かから作品の否定的な意見を聞こうものなら一週間は作品を作れなくなる。

 それはまずいということで私は何か対策を講じなければ、と考えた。

 
 そして見つけたのが、この「感想巻き貝」である。

 いや正式名称は他にあった気がするが、私はそう呼んだ。

 私は久住先生に巻き貝を見せて言った。

「この巻き貝に感想を吹き込んでもらうんです」

「……どういうことです?」

「ほら、巻き貝ってこうして耳に当てると波の音が聞こえるっていうでしょう?」

 そう言って私は巻き貝を耳に当てた。

 かすかに波のような音が聞こえる。

「その性質を利用して作られたのがこの”感想巻き貝”なんです。ここに作品の感想を吹き込んでもらうと、聞く時に”マイルドな”意見になって聞こえるんです。これを使えばナイーブな先生もお客さんの意見を聞くことができると思います」

「へぇ……。分かりました。それでお願いします」

 さっそく私は次の個展からこの感想巻き貝を個展会場に設置した。

 変わった趣向に喜んだお客さんが、個展の感想をたくさん巻き貝に吹き込んでくれた。

 客の感想は巻き貝にいくつも吹き込まれ、私は個展が終わると巻き貝を久住先生に渡した。

 久住先生は興味なさそうに巻き貝を受け取っていたが、どうやら夜な夜な巻き貝に吹き込まれた感想を聞いているようだ。

 私個人としてはアーティストの独創性はもちろん尊重したいが、時にそれを見る観客側の意見を聞くことも重要であると思っている。

 だから巻き貝の感想を久住先生が聞くことは久住先生にとって良いことだと思った。

 だが……。

「なんだか歯の浮くような意見が多くなってきたんです」

 久住先生はその手に持った巻き貝を見つめながら言った。

「つまりそれは、褒められるということですか?」

「そう。それもべた褒めです」

「なるほど……。でもそれは、つまり先生の熱心なファンが増えたということではないでしょうか。好意的な意見が巻き貝の作用でより強い好意的な表現になってしまったのかもしれませんね」

「僕はもっとちゃんとした意見を聞きたいです」

「ん〜……じゃあ巻き貝の設置をやめて普通にアンケートを取りますか」

「いや、でもそれだと厳しい意見も来るでしょう。厳しい意見は聞きたくない」

「はぁ……」

 そんな会話を終えると久住先生はふらりと休憩室に入っていってしまった。

 先生の言うことも分かるけど……じゃあどうすればいいんじゃい!?

 私はなんだかむかっ腹が立ってきて、休憩室に飛び込んだ。

「先生!」

 びくりとこちらを向いた先生に言う。

「そんなわがままばっかりでどうするんです」

「は、はい、すいません」

「すいませんじゃないです!」

「はい、すいません」

「大体先生は身勝手過ぎます」

「す、すみません」

「そりゃあ先生はアーティストです。でもですね。いつもそうやってのらりくらりと〜」

 私は気がつくとたっぷり一時間はお説教をしてしまった。

 私に叱られた先生はしょんぼりとしながらアトリエに引っ込んだ。

 その後姿を見て、ちょっと言いすぎたかな、と私は反省した。

 アトリエの扉をそっと開けて「先生〜……?」と声をかける。

 すると先生は巻き貝を耳に当てていた。

 一体何を聞いているんだろう?

「あっ」

 私は思わず声を上げた。

 先生が座っている椅子のそばにある作業台に耳栓が転がっていたのである。

 さては先生、私のお説教を聞かずに巻き貝に吹き込んで……!?

「先生!」

 私は思わずアトリエの扉を勢いよく開けてそう叫んだ。

 先生はビクッと驚いてこちらを向いてから、怒る私を見て体を丸めた。

 その姿は、まるで貝のようであった。

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