身代わりバリウム

ショートショート作品
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 採血を済ませてから私はバリウムを飲んだ。

「は〜い、回転するよー」

 女医の松嶋先生がそう言って機械を操作する。

 私がはりつけにされている台がぐるぐると回り始める。

「回転が終わるまでゲップしちゃダメよ〜」

 松嶋先生にそう言われて私は必死でゲップを我慢した。

 やがて回転が終わり、解放される。

「はい、じゃゲップして〜」

 松嶋先生が私の背中をポンッと叩いた。

「うえぇええ」

 私はまるで魂を吐き出すように体の中のものを吐き出した。

「はい、じゃあこの仮媒介に血液を注入します」

 松嶋先生は私の体から出てきたブニブニしたものに注射針で私の血液を注入し始めた。

「明日には出来ていると思うから、服一式を持ってきてね」

 私はまだ違和感の残る口を水でゆすぎながら「分かりました」と返事をした。

 翌日、松嶋先生の元に行くと、すでにそれは出来ていた。

 まるで私がもう一人そこにいるかのように精巧な身代わり。

 昨日、私の口から出てきて血液などを注入されたバリウムが今や人間とほとんど変わらない外見になっている。

「やったー!」

 思わず歓声をあげた。

 私は身代わりを作って大学の授業をさぼろうと考えていたのである。

 持ってきた服を身代わりに着せて、私は身代わりを家まで連れて帰った。

 さてと、これからどうしようかななんて考えていた時、実家のお母さんから着信があった。

「もしもし、お母さん?」

「ユイカ! お父さんがね、事故にあったの。今すぐ病院に来れる?」

「え!?」

 私はろくに準備もせずに部屋を飛び出した。

 
 病院についてみると、お父さんは全然無事で「よぉ」なんて飄々とした様子だった。

 どうやら自転車で側溝にはまり捻挫をしたらしい。

「お母さんが大騒ぎするから、びっくりしたじゃん」

「ごめんごめん」

 昔からそそっかしい母はお父さんに何かあるとすぐ大騒ぎするのだ。

 私はとりあえず実家でご飯だけ食べて帰ることにした。

 お母さんと一緒に実家に戻ると、実家の電話が鳴った。

 お母さんは台所で料理をしているので、出ることにする。

「はい、もしもし」

「あ、ユイカ!?」

 電話の相手は意外にも彼だった。

「どうしたの?」

「大変なんだ! ユイカの家に行ったらユイカが青白くて、病院連れてったら呼吸してないっていうしレントゲン撮っても真っ白で、とりあえず実家のご両親を……って、あれ?」

 電話口の彼が固まった。

 私は頭を抱えた。

 どうやら彼が身代わりの私を病院に連れて行ったらしい。

 私のことを伝える為に彼は実家に電話をしてくれたのだ。

「あれ、ユイカ? なんで? あ、お母さんですか!?」

 まだテンパっている彼に事情を説明する。

 まずいことになったなぁ。
 

 後日、事の顛末を説明すると、松嶋先生にこっぴどく怒られた。

「でも、あれはおっちょこちょいの彼がですね……」

「なに!?」

 松嶋先生に睨まれ、つい口から出そうになった言い訳を私は慌てて飲み込んだのだった。

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