蜃気楼の祭り

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 一人、路地を歩いていると、どこからか太鼓の音が聞こえてきた。

 祭りでもやっているのだろうか。

 路地を曲がったところの空が少し赤らんでいる。

 やはり祭りをやっているらしい。

 僕はちょっと覗いてみるつもりでそちらに向かった。

 しかし近づくにつれて太鼓の音は小さくなり、やがて消えてしまった。

 祭りなんてやっていなかった。

 僕はまた元の路地に戻った。

 すると、再び太鼓の音が聞こえてくる。

 どういうことだろう。

 もう一度太鼓の音が聞こえた方に行ってみるが、やはり祭りなんてやっていない。

 僕が祭り好きだから、蜃気楼でも見たのだろうか。

 と、路地の後ろの方から一人の女性が走ってきた。

「あれ、お祭りですよね?」

 はつらつとした表情の女性はおでこの汗を拭いながら、太鼓の音がする方を指差した。

「あ、えぇと、あれは……」

「私、お祭り好きなんです」

 女性はそう言うと、祭りの音がする方へ走って行ってしまった。

 ちゃんと教えてあげればよかった。

 僕はあの女性のことが気になって、もう一度太鼓の音がする方に歩いていった。

 すると前からあの女性が歩いてきた。

 その手にはイカ焼きが握られている。

 僕は女性に声をかけた。

「あの、それ……」

 女性は僕に気づくとにこりと笑って言った。

「お祭りで買ったんです。先ほどはありがとうございました」

「お祭りで……? いや、そんなはずは」

 不思議そうな顔をした女性は「こっちですよ」と僕の手を引いた。

 遠くに聞こえていた太鼓の音がだんだん大きくなっていく。

 そしてついに僕たちは祭り会場にたどりついた。

 あれ、さっきもこの辺りまで来たのにな……。

 そう不思議がる僕をよそに、女性が「もう一個買っちゃおー」とイカ焼きを買っていた。

 僕もイカ焼きを買って、綿あめなんかも買ってから女性と一緒に祭りを後にした。

 二人で駅まで歩き、ホームへの階段を登る。

 辺りに僕たちのような祭り帰りらしい人はいない。

 やはり、さっきの祭りは蜃気楼のようなものだったのではないか。

 駅で女性と別れてからも、僕は不思議な心地の中にいた。

 数日が経ち、僕はまた路地を歩いていた。

 あの女性にもう一度会いたい。

 あれから僕はこの路地で何度も祭りの蜃気楼を見た。

 しかし一人では絶対に祭りにたどり着けなかった。

 そして次第に、あの女性も蜃気楼だったのでは、と思うようになった。

 彼女はどこか、僕たちとは違う世界の人間なのでは……。

 と、目の前をあの女性が歩いていた。

 間違いない、あの人だ。

 女性は今にも蜃気楼のように消えてしまいそうだった。

 たまらず走り出す。

 彼女の背中が近づいてくる。

 ここまで来てまだ見えるのならば、蜃気楼ではないはずだ。

 そう思った瞬間、彼女の背中が危うく揺れた。

 祈るような思いで、僕は手を伸ばした。

 伸ばした手が彼女の肩に触れる。

 彼女がゆっくりと、振り返った……。

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